今、心と体の研究の中で、大きな注目を集めている理論が米イリノイ大学の神経科学博士ステファン・ポージェス博士が提唱した教授ポリヴェーガル理論です。当協会の岡部理事も講座を持っていますので、興味のある方は是非、受講してみてください。

交感神経と副交感神経

自律神経は交感神経と副交感神経の2種類があり、そのどちらかが優位になることで生体のバランスを整えているというのが従来の説です。

  • 交感神経:元々は、太古の昔、私たちの祖先が、まだ狩をしたり木の実を食べながら暮らし、野生動物に襲われることが日常茶飯事だった頃、危険をすばやく察知し身を守るか、戦うか、逃げるかという命を守るための行動を無意識に迅速にとるために発達したと言われています。

    現代社会では、狼やトラに襲われるような環境にはないですが、初デートや大勢の人の前でのスピーチで緊張したり、怖い上司の前でストレスを感じたり、激しい運動をしたり、何か気合を入れてやっている時、鼓動や呼吸が速くなり、汗が出たりするのは、太古の昔と同じ交感神経が優位になるからです。覚醒、緊張、興奮、闘争か逃走かなど、ストレスや脅威から自衛したり力を発揮するための神経ネットワークです。

  • 副交感神経:反対にのんびり、まったり、癒される~と感じたり、人間関係においても二人の関係が深まって、居心地のいい関係になって、一緒にいて安心するなーと感じたりしている時は、副交感神経が優位になっている状態です。鎮静、消化吸収、生殖、睡眠、など、休息や回復と関わる神経ネットワークです。

私たちの体は、この二つの交感神経を環境に応じて車のアクセルとブレーキを踏みかえるように、 踏みかえています。

たとえば緊張している状態の時は、交感神経が優位になり副交感神経にブレーキがかかっている状態なので、便意を起こさない、眠れない、食欲が出ないという現象が起こるわけです。

ポリヴェーガル理論

Polyvegalのポリは英語で複数という意味。ヴェーガルはヴェーガス(さまようという意味で、放浪者のことを英語でVagabondと言いますが同じ語源です。神経が、あちこちに迷走するように走っていることから来ています。)

ポージェス教授が注目したのは、12対ある脳神経の内、副交感神経のアクセルを踏む10番目の脳神経の迷走神経で、迷走神経には起点を別にする腹側迷走神経、背側迷走神経の二種類あることに注目しました。

二種類の迷走神経

≪腹側(ふくそく)迷走神経≫

腹側迷走神経は、人間が進化の過程で獲得した最も新しい神経系で、表情筋、声帯、喉の筋肉、耳、内臓などにつながっており、自らの、そして他の人の顔の表情、声のトーン、腹感覚を感受し、その情報を脳に伝え、副交感神経のアクセルを踏み心拍数を下げ、人との絆を育み、良好な人間関係を構築します。

(補足:腹感覚というのは英語では直感的な感覚のことを”Gut Feeling”と言いますし、日本語でも腹の探りあいとか、腹と人間関係の感情を結びつけた言葉は多いです。)

つまり腹側迷走神経は、人間関係や社会関係を司る神経ということで、教授は社会交流神経系(Social Engagement Neuro Platform)と名づけました。

≪背側(はいそく)迷走神経≫

一方、背側迷走神経は、進化の初期段階に発達したもので、腹側神経と同じで副交感神経のアクセルを踏む神経ではあるけれども、死という究極の恐怖を感じた時に、すべての機能停止状態で気を失ったり、または動けなくなってしまう方に働くというものです。これは、もう逃げられないとわかった時に、死んだふりをすることで、相手が「腐ってるかもしれないから、食べるのよしとこ。」と思うことを誘発する行動だそうで、時には死んだふりに加えて腐った匂いを発する生き物までいるそうです。

オポッサムの死んだふり

たとえば暴漢に襲われた女性に対して、なぜ抵抗しなかったのか?という疑問がよく投げかけられますが、殺されるかもしれないという究極の恐怖状態では、それが唯一の最後の身を守る行動だったとの説明が成り立ちます。

人が実際に、このような状態になり得るという顕著な例に関して、2005年に別のサイトのために意訳したTIMES誌の「最悪の事態から生還する方法」を読んでみてください。

長くなるので触りだけ抜粋します。

9/11の生存者900人に行ったインタビューの結果 から、飛行機衝突の衝撃後から避難を始めるまで平均6分かかっていたことがわかった。人によっては30分 も避難せずにいたのはなぜか?およそ1000人の人がコンピューターを消したり、身の回りのものを集めたり 、知り合いに電話をしたりしていて逃げ遅れた。また、このような時こそ迅速に階段を駆け下りているはず なのに、ビルの外に出ることのできた約15,410人が、階段を一階分下りるのに1分もかかっていた。避難路を 研究するエンジニアの予測の2倍かかっていたことになる。

最悪の事態から生還する方法

恐怖と進化

ポりヴェーガル理論をここで一旦、仕切りなおします。

私たちの体は触覚のような神経を使って常に自分と周囲の環境をスキャンして、その環境が、または人が安全か否かの情報を脳にインプットしています。イメージとしては、くらげが長い触覚で自分の周囲や、他のくらげを感知している感じです。

そのインプットから自律神経は三種類の信号を受け取り脳に伝え体の反応になります。

  • →安全、安心、腹側迷走神経(社会交流神経)副交感神経が優位になり鎮静、消化吸収、生殖、睡眠、休息や回復。アイコンタクト、顔の表情、声のトーンなどから安全を感知し良好な社会関係を構築。

  • →危険、交感神経が優位になり身構える。緊張、闘争か逃走か。 

  • →命の危機、背側迷走神経:副交感神経が優位になり、動けなくなるか、気絶する。

人間の進化の過程では、背側迷走神経が最も古い神経系で、次が闘争か逃走の神経、最後に獲得したのが、顔の表情、声のトーンを感じることができる神経系で、ポリヴェーガル理論では人は恐怖を強く感じれば感じるほど、②そして①へと後退する反応をするとしています。

顔の表情とポリヴェーガル理論

腹側迷走神経が緑の信号「安全」を感受するには顔の表情、声のトーンが非常に大切です。

たとえば、チコちゃんやゆるキャラを見た時、幼子のようなかわいい顔を見て、その声を聞いた時、 腹側迷走神経が、このキャラは「安全」だと感受し、副交感神経が優位になり、心を開きます。(日本でチコちゃんやゆるキャラが流行るのは、緊張の多い社会や対人関係に疲れて、癒されたいと思っている人が多いからなのかもしれません。)

反対に、鬼の形相のチコちゃんにゲストは、すくみあがります(お芝居だとしても)。恐怖を感じて、交感神経が優位になり身構えるか戦うか逃げるかモードになるわけです。

チコちゃんは5歳で安全安心と国民的に脳に既にインプットされているので鬼の形相でも実際には恐怖を感じませんが ますが、こんな対照だったらどうでしょう?

またはチコちゃんみたいな、ちょっとしたことで切れまくる大人がいたらどうでしょう?とっても良い人間関係は築けませんよね。

恋愛とポリヴェーガル理論

その人と一緒にいて安らげるか?

ボージェス博士は自身の子供たちへの恋愛関係のアドバイスで「Do you feel comfortable with that person?(その人と一緒にいて、くつろげる/安らげる?)」と聞くそうです。 それは健全な人間関係、絆を築くには、「安全」と感じることが何よりも大切だからだと言っています。人間関係で安全だと感じた場合は、幸せホルモンと言われているオキシトシンも分泌されます。もちろん男女の関係だけなく、親子関係、人間と動物の関係であっても同じということです

呼吸と副交感神経

内臓器官の中で唯一意図的にコントロールできるのが呼吸です。そして、呼吸を意思によってでコントロールできるのは人間だけです。

東京大学の岡ノ谷先生という方が、音声言語を発するために呼吸のコントロールは必須条件であるので、人間は言語を獲得したために呼吸をコントロールする能力を進化させたとおっしゃっています。呼吸のコントロールができるようになって、言語を獲得したという議論もあるようです。

いずれにせよ。ゆっくりとした呼吸、特に、吐く息によって副交感神経はオンになり、リラックスします。ヨガでも息を大切にするのも、実に理にかなっているわけです。

5秒で吸って5秒で吐く

最後にヨガに役立ちそうな情報をもう一つ。ニューヨーク大学のNordcliffe-Kaufmann教授によると、「息を吸うと肺が迷走神経を通って脳に情報を伝達し、息を吐くと、脳が迷走神経を通って、心臓に鼓動を早くしたり遅くしたりするよう情報を伝達します。ゆっくりと息をすることで、鼓動は遅くなりリラックスし、呼吸を早くすれば鼓動は早まり緊張をもたらします。心を落ち着けるためには5秒で吸って5秒で吐くのが最適。」だそうです。

科学が呼吸と心と体のつながりばかりか、人間関係、社会関係にまで解明しつつあります。

蛇足

この記事を書くにあたって、面白い研究を見つけました。向き合って性行為をするのは人間とチンバンジーの一種であるボノボだけなんだそうです。

ボノボは、外見は、チンパンジーよりちょっと小さめ。だけれども、決定的に違うのは、ボノボはリーダーが女性の女系社会であること。そして、グループ内部で緊張が高まると、戦いではなく性行為をするということです。闘争か逃走かではなく、Make Loveを選ぶ、なんだかジョン・レノンのイマージンのような世界。ボノボの迷走神経がどうなってるか研究したら、とっても面白い発見があるのでは? と思ってしまいます。 そして、そこに人類の平和の鍵もあるのでは?

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筆者

ホーバン村松由美子

米・ニュージャージー州在住。1982年ハタヨガに出会う。1986年に渡米。RYT500 & Pre-Natal(マタニティ)& Prime of Life(シニア)ヨガインストラクター。