今、ヨガを学ぶ人の間で大注目の理論、アメリカの神経生理学者スティーヴン・ポージェス博士が提唱したポリヴェーガル理論を、わかりやすく説明します。

ポリヴェーガル理論は、社会的な行動と自律神経の進化とを結びつけた画期的理論です。医学、心理学、トラウマセラピーほか、さまざまな領域から注目されています。

この理論を初めて読んだ時、私個人の長年の人間関係に関する難題が理論的に解決された!と思いました。そうだったのか!私の行動は神経生理学的な反応だったのだ!と理解できたことによって、前に進むことができました。

ポリヴェーガルの核となるのは、

「人は心身ともに安全であると感じられて初めて、安らぐことのできる社会交流ができる。」

「安全を求めることこそが、私たちが成功裏に人生を生きて行くための土台である。」(ポリヴェーガル理論入門より)

ということです。

ポリヴェーガル理論とヨガ

2021年アメリカでのヨガセラピー・シンポジウムのポージェス博士の基調講演「ポリヴェーガル理論のレンズを通してみたヨガ:古来の智慧が現代の神経科学と出会う」から得た最新の情報も私の意訳で織り交ぜていきます。

(私は医療者でも科学者でもありませんが、ポリヴェーガル理論を理解する上で重要な人類学の進化論をアメリカの大学で学び学士を取り、又このシンポジウムを開催した国際ヨガセラピスト認定機関であるIAYTの認定ヨガセラピストとして心と体に関する1000時間を修了しています。ポリヴェーガル理論はセラピーとしてのヨガの学びの中で、非常に重要視されている部分であり、PVT理論をヨガという視点から学びました。またアメリカで行われている多くのポリヴェーガル理論に関する最新の講座を受講し続けていますので、それらの知識をフル動員します。)

まず最初にざっくりと説明してしまいます。

いままでは自律神経は2種類(交感神経と副交感神経)と言われていたのですが、ポージェス博士は以下のことを発見しました。

①副交感神経が2種類あることを発見。(腹側迷走神経と背側迷走神経)
②背側神経は進化のごく初期段階(原始的な脊柱類、爬虫類、両生類)で発達した神経で、絶体絶命の状況下で生命維持をするための究極の省エネモード。シャットダウン状態(脱力状態/仮死状態)になる。
③腹側神経は進化の最後の過程(哺乳類)で発達した神経で、人の表情や声のトーン(韻律)を読んで、安全で安心だと感じられた時に活性化し、人との健やかでくつろぎをもたらす、心地よく安らかな繋がりを築く。

ポージェス博士は「ポリヴェーガル理論とは「人が社会的スピーシーズ(種)として進化した軌跡を物語るもの」だと言っています。

それでは、ここから、もう少し詳しく説明していきます。

交感神経と副交感神経(従来)

従来の考え方では自律神経は、交感神経(ストレス系、緊張系)と副交感神経(癒し系、まったり系)の二つに大別され、人は毎日、緊張とまったりの間をシーソーのようにバランスを取りながら生活していると説明されてきました。

たとえば、主婦であれば朝起きて、夫と子供たちを送り出すまでは交感神経(ストレス系)がオン。今日はこどもの受験の日なのに、うわー寝過ごした~などという時は心臓どきどき、冷や汗もので交感神経はマックス状態。さーなんとか間に合って、みんな出払った。ちょっと音楽でも聞きながらコーヒーでも飲んで一息で副交感神経(まったり系)スイッチがオンになります。さあ、掃除でもするかで交感神経がオンという具合にです。

交感神経(闘争か逃走か/Fight or Flight)

太古の昔、私たちの祖先が、まだ狩をしたり木の実を食べながら暮らし、野生動物に襲われることが日常茶飯事だった頃、危険をすばやく察知し、交感神経のアクセルを踏んで、身を守るか、戦うか、逃げるかという行動をとることは必要不可欠な生存戦略でした。

現代社会では、狼やトラに襲われるような環境にはないですが、たとえば、電車に乗り遅れそうになって焦っている時、大勢の人の前でプレゼンをする時、怖い上司と一緒にいる時、激しい運動をしたり、何か気合を入れてやっている時、鼓動や呼吸が速くなり、汗が出たりするのは、交感神経が優位になっているためです。この自律神経の反応は太古の昔に猛獣に出くわした時の反応とまったく同じなのです。

ただ、現代社会のストレッサー(ストレスの原因)は非常に複雑化しており、太古の昔よりもずっと交感神経が優位になり続けていることが多く、常にストレス状態にある場合、つまり交感神経のアクセルが踏まれっぱなし状態だと、副交感神経のブレーキがきかなくなり、いわゆる自律神経失調症になってしまいます。症状としては、不眠、鬱、不安感、動悸息切れ、いらいら、情緒不安定、過呼吸、下痢便秘などです。

副交感神経(休息と消化/Rest &Digest)

反対に安全、安心な環境で、のんびり、まったり、癒される~と感じたり、人間関係においても一緒にいて安心するなー、ほっとするなーと感じたりしている時は、副交感神経が優位になっている状態です。副交感神経は鎮静、消化吸収、生殖、睡眠、など、休息や回復と関わる神経ネットワークです。ですので、前述のように自律神経失調症になって副交感神経が、ちゃんと働いてくれていないと眠れなくなったり、過剰にお腹をくだしたりするわけです。ここまでは従来の自律神経でわかっていたことです。

ポリヴェーガル理論

ポージェス博士は、副交感神経である迷走神経には腹側迷走神経、背側迷走神経の二つの枝があること、そして、この二種類は進化のまったく違う段階で出現したこと、そしてまったく違う役割を担っているということを発見し、ポリヴェーガル理論と名付けました。

Polyvagalの「ポリ」は英語で「複数」という意味。ヴェーガルは「ヴェーガス」、「さまよう」という意味で、放浪者のことを英語でVagabondと言いますが同じ語源です。神経が、あちこちに迷走するように走っていることから来ています。 つまり複数迷走神経理論ということです。(多重迷走神経と訳している本もあるようです。)

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腹側(ふくそく)迷走神経

腹側迷走神経は、人間が進化の過程で獲得した最も新しい神経系で、横隔膜から上に位置し、表情や声をコントロールする筋肉、耳、心臓、肺などにつながっており、自らの、そして他の人の顔の表情、声のトーンを感受し、その感受した情報が自分にとって「安全」であれば、その情報を脳に伝え、副交感神経が優位となり心拍数を下げ、呼吸は穏やかになり、人との絆を育み、良好な人間関係を構築します。教授は、この神経系を社会交流神経系(Social Engagement Neuro Platform)と名づけました。

ニューロセプション

上記の腹側迷走神経か背側迷走神経か交感神経かの、3つの反応の切り替えをするため、外部環境の安全性を無意識にチェックするセンサーの役割をするのが、ニューロセプションです。

これを「風の谷のナウシカ」で説明してみましょう。

『風の谷のナウシカ』

腐界に住む王蟲(オウム)というダンゴ虫のような14個の目をもつ巨大生物は高度な知性を備え、深い精神文化をも持っています。破壊を争いを繰り返す人間に怒り目を真っ赤にして大群で、人間の居住地襲いかかろうとしますが、ナウシカが、その身を差し出すと、王蟲は触覚でナウシカを包み込み、その触覚を使ったコミュニケーションによって、ナウシカが全く危険ではない安心安全な存在であることを悟り、その怒りを鎮めます。(宮崎駿さん、凄いです。)

王蟲の触覚は、ポリヴェーガル理論の中のニューロセプションです。

さらにニューロセプションで無意識で検知した情報が意識上に上がる感覚Interoception(内受容感覚/身体内部、内臓で感じる感覚のこと)とうものがありますが、それはまたの機会に譲ります。

日本のカワイイ文化とポリヴェーガル理論

ポリヴェーガル理論では、人は昔は天敵であった猛獣の声に似た低音でモノトーンな声を危険と感じ、反対に母親の子守歌のような、高めで韻律のある声を安心と感じると言っています。日本の癒し系アイドルや、多くのゆるキャラの共通点は童女のような顔と声です。おたく系男性がメイド喫茶に通ったり地下アイドルに夢中になる理由も、ポリヴェーガル理論で説明できそうです。

アメリカでは声の高い大人の女性は頭が弱いと取られるので(例としては映画の中でマリリンモンローが頭の弱い金髪美女を演じている声)、私はアメリカでは声を一段以上下げて話すように心がけてきました。反対に日本では、自分のよそ行きの声は高目という人が多いと思います。テレビでは、童顔アナウンサーが、子供ののような高いかわいらし声で、社会ニュースを伝えたり、ゆるキャラ人形と一緒にお天気を伝えていたりしますが、多分、日本社会が日本女性に求めているのが、「知性」よりも「癒し」なのかもしれません。(個人的見解)。

このような一見、文化の違いのように思えることも、ポリヴェーガル理論で説明がつきそうで面白いです。

背側(はいそく)迷走神経

一方、背側迷走神経は、胃や腸につながっていますが、生き残りをかけて進化した「闘争か逃走か」の交感神経より、さらに進化を遡ったごく初期段階に発達した神経で、戦うことも逃げることもできない絶体絶命の状態に置かれた時に、生命維持のために、エネルギーの消費を最小限に抑えるために、ひたすら動かずにじっとしているための神経です。気絶したり、死んだふりをしたり、心身ともに停止状態になります。

スマホの電池残量がごく僅かになった時に、全てのアプリをオフにしてエコモードに切り変えるようなものです。

死んだふりは、相手が「腐ってるかもしれないから、食べるのよしとこ。」と思うことを誘発する行動だそうで、実際、下のオポッサムは死んだふりに加え、肛門から強烈な死臭を出すそうです。

オポッサムの死んだふり

たとえば、ホラー映画や怪談の中で怖いものを見た人が、本当はすぐに逃げなければならないのに、腰を抜かして動けなくなったりしてますよね。人間関係に疲れて、もう無理!と引きこもってしまう場合もそうです。これらの状態は、実はギリギリの状態に自分自身の命を守る反応だとポリヴェーガル理論は説きます。

The Vapors! Swooning, Fainting Women in Film – Outspoken and Freckled

また、暴漢に襲われた女性に対して、なぜ抵抗しなかったのか?という疑問がよく投げかけられますが、万策尽きて殺されるかもしれないという究極の恐怖状態では、フリーズ状態になること(実際には、固まるというよりは力が抜けてしまって動けなくなる状態になること)が唯一の最後の「命を守る神経生理学的な反応」だったとの説明がポリヴェーガル理論によって成り立ちます。

このことを知ることによって、「なぜ抵抗しなかったのか?」と自分さえも自分を責めるという呪縛から解放された女性が多くいます。またトラウマを扱う臨床心理学や精神医学などでも、ポリヴェーガル理論を元とした治療に大きな注目をされています。

(2022年9月加筆)最近、アメリカの心理療法士とポージェス博士の対談ポッドキャストを聴いていて、一つ私の理解に間違いがあったことに気づきました。その心理療法士も私と同じ勘違いをしていたのですが、ポージェス先生いわく、多くの人が同じ間違った理解をしていると述べていました。

背側迷走神経が活性化した時の反応は、フリーズ(日本語では凍りつきと訳されたりしています。)ではなく、シャットダウン状態で、力が抜けてヘナヘナと倒れ込むような状態だということです。以下の動画を見ていただくと、その状態がわかります。(絶叫マシーンに乗って恐怖のあまりに、気絶している状態に注目。)このような状態になる利点は、死の恐怖や痛みを軽減できることです。

一方、フリーズ状態というのは、背側迷走神経も交感神経危険も働いている状態で、危険が迫っていて逃げたい(可動化)という衝動はあり、体は極度に緊張状態にあるけれども、なんらかの情況で動いて逃げることができない時に起こる状態だそうです。たとえば過呼吸になって固まっているような状態、歯医者が死ぬほど怖いけれど治療台の上で固まっている状態、閉所恐怖症の人がMRIに入った時の状態(ポージェス博士が経験したことだそうです)、女性が襲われて逃げたい抵抗したいのだけれども、逃げることができない状態です。それを通り越した状態が失神で、背側迷走神経の不動化の状態とは、この失神状態のことです。

恐怖で失神した状態がわかる動画です。OH MY GOD!と恐怖で固まった後、気絶し完全に脱力しているのがわかります。

人の反応は3層

私たちは、人間関係において常に、王蟲の触手のようにニューロセプションを無意識下で働かせて、人の表情や声のトーンを読んだりして、いわゆる空気を読んでいます。(特にハグやキスの習慣がない日本人は、この機能が、社会生活を営む中で特に重要視されている気がします。)

そこから得た情報で、自律神経は三種類の信号を受け取り脳に伝え体の反応になります。

  • →安全、安心、腹側迷走神経(社会交流神経)副交感神経が優位になり鎮静、消化吸収、生殖、睡眠、休息や回復。アイコンタクト、顔の表情、声のトーンなどから安全を感知し良好な社会関係を構築。
  • →危険、交感神経が優位になり身構える。緊張、闘争か逃走か。 
  • →命の危機、背側迷走神経:副交感神経が優位になり、フリーズして動けなくなったり、気絶したり、茫然自失状態になったり、絶望感、無力感から鬱状態になったり、心理的に解離したりします。

この3つの反応は3段階(三層)となっており、心も体も安全、安心だと感じている時のみ最も新しい神経回路、つまり腹側迷走神経(社会交流システム)が優位になり、より古い神経系の反応(交感神経と背側迷走神経)は抑制されます。しかし、危険が迫ると、反応は進化を逆行していきます。

つまり、私たちは、まずはコミュニケーションをとって解決しようとします。(「話せばわかる。」の段階で「社会交流系(腹側)」が優位。)でも話し合いで解決しないとなると、臨戦状態に移行します(「問答無用の切り捨て御免状態」で闘争か逃走か「交感神経」)。戦うことも逃げることもできないところまで追いつめられると最後の不動化になります。(もう無理。不動化の「背側」)

つまり従来の自律神経の考え方では、交感神経と副交感神経の反応は拮抗する働きをしているという解釈ですが、ポリヴェーガル理論では、交感神経と腹側迷走神経、背側迷走神経の反応は三層であるという解釈になります。

Reading facial expressions: The art of deciphering body language | CIO

(私が15年以上前に翻訳したアメリカの911に関する記事「最悪の事態から生還する方法」の研究は、正にポリヴェーガル理論を裏付けていると思いますので、参考にしてみてください。)

ポリヴェーガル理論から見た明智光秀の気持ち

ここで、いきなりですが、織田信長と明智光秀を例にあげてポリヴェーガル理論を説明してみます。織田信長は、気分にむらがあり激しやすい性格。一方、光秀は非常に気遣いのできる空気を読めすぎるような人でした。光秀は、信長の下では、いつ地雷を踏んで信長の逆鱗に触れるかわからないという極度の緊張状態に常に置かれていました。特に、ふと漏らした一言が原因で欄干に血が出るほど頭を打ち付けられてからは・・・。

明智光秀と織田信長】二人の出会いと関係性とは? | 歴人マガジン

時は戦国の世、正に生きるか死ぬかです。光秀は、戦国武将の長としてお家と家来たちを守るために、逃げるわけにも(交感神経)、引きこもる(背側迷走神経)わけにもいきませんでした。主君の信長は腹を割って話せばわかる(腹側迷走神経/社会交流系)ような相手ではなく、光秀は、闘争(交感神経)を選ぶしかなかった・・・とポリヴェーガル理論から妄想してみました。

ポリヴェーガル理論で見直す人間関係

その人と一緒にいて安らげるか?

ボージェス博士は自身の子供たちへの恋愛関係のアドバイスで「Do you feel comfortable with that person?(その人と一緒にいて、くつろげる/安らげる?)」と聞くそうです。 それは健全な人間関係、絆を築くには、「安全」と感じることが何よりも大切だからだと言っています。ポージェス博士は「常にストレスにさらされいる状態にある時、人は他人と交わることはできず、他人を助けることもできず、他人に助けてもらうこともできない」と言っています。(2021年SYTAR基調講演より)人間関係で安全だと感じた場合は、絆ホルモン、ラブホルモン、そっと抱きしめたいホルモンと言われているオキシトシンも分泌されます。もちろん男女の関係だけなく、親子関係、人間と動物の関係であっても同じです。

上記に進化の観点から少し解説を加えます。生物にとって最も大切なことは生きることです。つまり危険をいち早く察知する能力は生死を分けます。脳において、その役割は「古い脳」とか「爬虫類の脳」と言われている脳幹が担っています。本能の部分です。ですので、この核の部分が安心、安全とグリーンの信号を出さないと、人間関係を築く上で、いわゆる「新しい脳」が関与する愛する愛されるという感情や情動には行きつかないわけです。

Beautiful Mother Snuggling With Her Naked Newborn Baby by Lea Csontos

ポージェス博士がヨガ押しの理由

ポージェス博士は前述の基調講演で、次のように語っています。

「ポリヴェーガル理論は、ヨガという古来の智慧を現代の神経科学で説明したただけです。ヨガは身体的状態をコントロールする神経エクササイズに属します。つまりヨガをすることを通して自律神経に働きかけ、心を鎮めたり、ヨガを道具として、からだをコントロールすることを学びます。特に呼吸を大切にするヨガは、呼吸を通して自律神経をコントロールするツールです。」

また、ポージェス博士とIAYTの認定ヨガセラピストでもあるメリッサ・サリバン医師との共著の中では、ポリヴェーガル理論とヨガ哲学にある3つのグナの考え方は同じであると明言しています。

ヨガ哲学の中では、世界を構成する3つのグナ(性質)があると説かれています。その状態とポリヴェーガル理論の3つの反応が一致します。

安全な可動化と安全な不動化

ポリヴェーガル理論には、3つの反応以外にも「安全な可動化」「安全な不動化」というものもあります。「安全な可動化」は、人が安全安心と感じている時、防衛反応が抑えられた状態で、活発に動くことができます。たとえば鬼ごっこをしている子供たちを思い浮かべてみてください。どの子も本当の鬼に食べられてしまうという恐怖心に顔を引きつらせて逃げてはいません。むしろ、子供たちは、このような遊びを通して社会性を学んでいます。

「安全な不動化」は、「安全な可動化」と同じように、人が安全安心と感じている時、防衛反応が抑えらえた状態で、ジッとしている状態です。たとえば、座禅や瞑想をしている人、ヨガの最後のシャヴァサナ(屍のポーズ)の状態、赤ちゃんを抱っこする母親と抱かれている赤ちゃん、信頼し合う二人がただじっと一緒にいるだけで充足している様子を思い浮かべてみてください。


ここまでは2021年に書いたものですが、新たに「ジャニー喜多川の犯罪とポリヴェーガル理論」として追記します。

PVTは、様々な分野での応用が進んでいますが、「Clinical Application of Polyvagal Theory」(PVTの医療的応用)という書籍における、第6章「虐待を経験した子供たちのための深い安全性の実現」の中では、現在、大きなニュースとなっている子供への身体的、性的虐待を受けたこどもたちが、どのようダメージを受けるかについてポリヴェーガル理論の視点から説明がなされていますので要約します。

親、親戚、教師、コーチなど、本来こどもたちを守るべき立場にいる人たちによる性的、身体的、精神的な虐待は、こどもに恐怖を与え、傷つけるだけでなく、こどもの安全に対する感覚を深く侵害してしまいます。いつ、殴られるか、いつレイプされるかという予測できない恐怖で子供の可動化(逃げるか闘うかの交感神経)は常に過活動の状態となり、心は恐れで満たされます。もし、逃げることができない状態であれば、生存のために不動化や乖離反応を起こします(背側迷走神経)。こどもは、縮こまり、声を失い、身体と心は安全であることをあきらめてしまいます。

また、臨床心理士のアリエル・シュワルツは、以下のように解説しています。ケアギバー(親や保護者など子供の世話をする人)によって虐待されている子供たちは、危険な環境から逃げる必要と、ケアギバーに依存する必要との間の葛藤に直面します。子供たちが虐待的な環境から逃れる方法がないとき、その虐待に堪え、生き延びるために、ケアギバーへの依存関係を維持する自己と、虐待の現実を抱えている自己を切り離さなければならないために人格の解離症状が起きます。そしてその症状は、虐待を思い出すか認識するのを避けるために、大人になっても続くことがよくあるとシュワルツは言います。

さらに、シュワルツはポリヴェーガル理論の視点から、以下のように解説します。これらは迷走神経の2つの異なるパターンを示唆しています。一つは、他者をなだめるためや喜ばせるために、迷走神経の社会的神経系への過度の依存。二つ目は、戦うか逃げるという防衛反応を無効化するための迷走神経の進化的に古い回路、背部迷走神経の活性化です。この二つの自律神経の反応は、安全でない状況から逃れる方法がないときに、生存のために重要です。絶えずこのような状態にある時、人は疲れ果て、消耗し、燃え尽きたりするように感じることがあります。

JKの被害にあったこどもたちも、やさしいおじさんという社会交流系(腹側迷走神経)を活性化させる安全というメッセージを受けつつ、性的に搾取され、様々な理由から逃げたいけれども逃げることができないという状態に陥る(背側迷走神経=シャットダウン)。被害者は、虐待者(背側迷走神経が活性化)やさしいおじさん(腹側迷走神経の活性化)の狭間で混乱しながらも、より絆が深まってしまうのかもしれません。

これは心理学においては、「トラウマ・ボンド」と言われる関係です。トラウマ・ボンドとは、被害者と加害者との間に形成される絆のことで、被害者は加害者に対して深い忠誠心や愛着を抱くようになることです。トラウマ・ボンドを形成するために加害者は、虐待的行為だけを繰り返すのではなく、時に、別人のように親切ややさしい行為も示します。「虐待のサイクル/周期」とも呼ばれています(DVでもよくあることです)。

このような虐待と報酬の連鎖によって、被害者は加害者が悪い存在ではなく本来は良い存在であると信じてしまいます。

ポリヴェーガル理論から見るとSTAGE1~2は闘争か逃走かの交感神経、STAGE3~4にかけて腹側迷走神経に移行していくように見えるが、実は、いつ爆発が起こるかわからない状態にいるのでSTAGE3~4でも防衛反応は解除されていない。(たとえれば、どんなに晴れていても予測不可能な突然の嵐に備えて傘を携帯している状態。)つまり完全に腹側迷走神経の安心安全を感じる状態には入れず、一緒にいるとほっとするような人間関係を築くことは不可能ということになる。

さらに悪質なのは、社会交流システムを利用した心理操作によって子供たちを性的に虐待することです。性的虐待を行う大人は、あたかも愛情深い大人がするように、やさしい声、言葉、まなざし(社会交流系自律神経/腹側迷走神経)で自分は安全な大人であるというメッセージを送って子供たちを懐柔した上で侵害します。(赤ずきんちゃんに近づくオオカミを想像してみてください。)性的虐待者は危険な経験を、安全に見せかけます。それによって、子供たちの危険を察知するニューロセプション機能は壊されてしまいます。このような経験をした子供たちは、安全に対する感覚が欠如した状態で生きていくことになります。(子どもをこのように手名付ける方法を心理学ではグルーミングという言葉で説明していますが、PVTを理解すると、さらに自律神経的に何が起こっているのかがわかってきます。)

ジャニーズ事件

このようにジャニー喜多川の行ってきた行為と被害者との関係はポリヴェーガル理論によって明確に説明することができます。さらに、このブログ記事では触れていませんが、ポリヴェーガル理論には、「協働調整(Co-regulation)」という言葉があります。協働調整とは不安や不穏になった時に哺乳類のみが取る社会交流システム(腹側迷走神経)を活性化する行動です。つまり、他者からのやさしい表情やまなざしや、母親のような優しい韻律のある声音、スキンシップなどによって不安な気持ちをなだめたり鎮めたりする反応です。猿が毛づくろいをしたり、母親が赤ちゃんをあやしたり、そして赤ちゃんの笑顔で母親が癒されたりといったことも協働調整にあたります。このような行動によって、人は緊張感(交感神経)を鎮め社会的動物として協調して生きていこうとします(腹側迷走神経)。特に、人間は生まれてから成長するまでの期間が非常に長いため、太古の昔の狩猟生活をしていたような社会の中では、社会交流システムを発達させ安全を確保することは生き残るのために不可欠でしたに。ポージェス博士は、「安全は生物学的に不可欠なものである。」と繰り返し述べています。(特に世の中から信頼されている絶対的な存在であるジャニー喜多川という大人は、こどもたちにとって最も安全だと思える存在だったはずです。)

性犯罪者は、このような社会交流システム(腹側迷走神経)を利用して、巧妙に甘い言葉や表情などで少年少女たちを安心させた上で懐柔し自分の性的欲求を満たそうとします。

新著”Our Polyvagal World”

さらに2023年10月発刊のポージェス博士とその息子さんとの共著に書かれている内容を付け足します。

危険な情況において生存戦力として取る行動は「闘争か逃走」もしくは「フリーズか脱力」の二つだけでなく、もう一つの生存戦略として、危害を加えようとする加害者を支持したり、なだめようとします。特に、慢性的に虐待されていたり、誘拐監禁されているような情況で起こります。

心理学では、特にトラウマ反応に関連して言及される行動で、FawningとかAppeasmentと言われています。これは加害者による脅威や攻撃を和らげて、自分自身を守るために、加害者に適応しようとする行動や態度を取ることです。具体的には、他者を喜ばせたり、従ったり、自分のニーズや感情を無視して他者の要求や期待に応じたりします。

FawningとAppeasementは、英語でも同じような意味で使われることも多いですが、PVTではこの二つは少し違うものだと著者は述べています。Fawning[おべっかを使う、こびへつらう]においては、被害者は加害者を喜ばせ攻撃を和らげることを期待して従順に従うことで、Appeasement[懐柔]は、犠牲者が実際に加害者に同意、同調することによって、加害者の神経系に納得させる試みです。

前者は、背側迷走神経と交感神経が関わっています。被害者は表層のみは従順さを装っていますが、決して加害者に心を開いてはいません。つまり社会交流システムは稼働していません。ですので加害者は、協働調整ができないために、被害者の表層のみの不誠実な従順な態度に対して却って怒りや攻撃性を強めたりします。

一方、後者は社会交流系と背側迷走神経と交感神経の全てが関わっています。被害者は加害者に対して(洗脳などによって被害者意識を持たずに)同調しているので、社会交流系を稼働しつつ従順になるため、加害者の神経系は協働調整によってなだめられます。それによって、被害者の生存率はより高まりますが、自分の意志で加害者から逃げることはなくなります。

たとえば、幼い時に誘拐された子どもが逃げる機会があったのに被害者の元で何年も暮していたという事件が、日本でも海外でも度々起こっていて、なぜ被害者は逃げなかったのか?という疑問が投げられることがありますが、それは後者の例だと説明がつきます。

前者、後者のいずれにしても被害者には罪のないことです。著者は、これらの行動は、自律神経が生存戦略のためにとった反応だということを理解し、サバイバー自身も、なぜ自分はあのような行動をとったのかと自分を責めることがないようにと述べています。

安全な社会環境つくり

ちなみに、アメリカではボーイスカウトのリーダーによって各地で起こっていた性犯罪が問題になりました。(ボーイスカウトは、その事件の賠償責任のために2020年に破産しました。)性犯罪者が巧妙に怪しまれずに子供たちに接することのできる環境に入り込むことはよく知られていました。私の息子が通っていた男子高校でも、町では有名な野球のコーチが性犯罪を行い、被害者の少年が近くの踏切で自殺し、さらに父親が後追い自殺をするという悲しい事件が起こりました。(その野球コーチは懲役120年となりました。)また、2010年名門校ペンシルバニア大学で銅像まで建っていたレジェンドのアメフトコーチが、長年にわたって少年や青年に性犯罪を行っていたことが明らかになりました(最低30~60年の刑)。カソリック教会の神父たちによる性犯罪は世界規模で起こっていました(1950から2020年にかけて216,000人の犠牲者、内80%が少年)。

アメリカでは、少年少女に関わる職業やボランティアのバックグラウンドチェックは厳しくされています。1990年代に起こった痛ましい犯罪の後にメーガン法という法律ができ、一度未成年者に性的被害を加えた人は、足に探知機をつけられたり、彼らの住所がオンラインで誰でも特定できるようになっています。もし、彼らが引っ越しをした場合には、新居のある半径、数キロの住人に知らされます。そこまで子供を性犯罪から守るシステムが徹底していました。それは性犯罪者の多くが再犯を繰り返されることが知られているからです。一方の日本では、性犯罪を犯した教師が、別の地域でまた教職について同じような犯罪を繰り返しています。今回のジャニーズの事件は、稀にみる芸能界だけの問題ではないはずです。日本全体で、こどもたちは本当に守られているのか?もっと精査し安全な社会環境をつくっていく必要があると思います。

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