今、ヨガを学ぶ人の間で大注目の理論、神経科学博士ステファン・ポージェス博士が提唱したポリヴェーガル理論を、わかりやすく説明します。

また、2021年ヨガセラピー・シンポジウムのポージェス博士の基調講演「ポリヴェーガル理論のレンズを通してみたヨガ:古来の智慧が現代の神経科学と出会う出会う」から得た最新の情報も私の意訳で織り交ぜていきます。(念のため、私は医療者でも科学者でもありませんが、アメリカの大学で人類学を専攻しており、また、このシンポジウムを開催した国際ヨガセラピスト認定機関であるIAYTの認定ヨガセラピストとして、ポリヴェーガル理論を勉強してきましたので、それらの知識をフル動員します。)

まず最初にざっくりと説明してしまいます。

いままでは自律神経は2種類(交感神経と副交感神経)と言われていたのですが、ポージェス博士は以下のことを発見しました。

①副交感神経が2種類あることを発見。(腹側迷走神経と背側迷走神経)
②背側神経は進化のごく初期段階(原始的な脊柱類、爬虫類、両生類)で発達した神経で、絶体絶命の状況下で生命維持をするための究極の省エネモード。体も心もフリーズ状態になる。
③腹側神経は進化の最後の過程(哺乳類)で発達した神経で、人の表情や声のトーンを読んで、安全で安心だと感じられた時に活性化し、人との健やかでくつろぎをもたらす、心地よく安らかな繋がりを築く。

ポージェス博士は「ポリヴェーガル理論とは「人が社会的スピーシーズ(種)としての進化した軌跡を物語るもの」だと言っています。

それでは、ここから、もう少し詳しく説明していきます。

交感神経と副交感神経

従来の考え方では自律神経は、交感神経(ストレス系、緊張系)と副交感神経(癒し系、まったり系)の二つに大別され、人は毎日、緊張とまったりの間をシーソーのようにバランスを取りながら生活していると説明されてきました。

たとえば、主婦であれば朝起きて、夫と子供たちを送り出すまでは交感神経(ストレス系)がオン。今日はこどもの受験の日なのに、うわー寝過ごした~などという時は心臓どきどき、冷や汗もので交感神経はマックス状態。さーなんとか間に合って、みんな出払った。ちょっと音楽でも聞きながらコーヒーでも飲んで一息で副交感神経(癒し系)スイッチがオンになります。さあ、掃除でもするかで交感神経がオンという具合にです。

交感神経(闘争か逃走か/Fight or Flight)

太古の昔、私たちの祖先が、まだ狩をしたり木の実を食べながら暮らし、野生動物に襲われることが日常茶飯事だった頃、危険をすばやく察知し身を守るか、戦うか、逃げるかという命を守るための行動を無意識に迅速にとるために必要不可欠なものでした。

現代社会では、狼やトラに襲われるような環境にはないですが、初デートや大勢の人の前でのスピーチで緊張したり、怖い上司の前でストレスを感じたり、激しい運動をしたり、何か気合を入れてやっている時、鼓動や呼吸が速くなり、汗が出たりするのは、交感神経がオンになっているということです。

常にストレス状態にある場合、つまり交感神経のスイッチが入りっぱなしだと、人は燃え尽きてしまいます。自律神経失調症も、この交感神経と副交感神経のオンとオフのバランスが、うまく取れなくなった状態です。

Woman stressed is going crazy pulling her hair in frustration

副交感神経(休息と消化/Rest &Digest)

反対に安全、安心な環境で、のんびり、まったり、癒される~と感じたり、人間関係においても一緒にいて安心するなー、ほっとするなーと感じたりしている時は、副交感神経が優位になっている状態です。副交感神経は鎮静、消化吸収、生殖、睡眠、など、休息や回復と関わる神経ネットワークです。ここまでは従来の自律神経でわかっていたことです。

ポリヴェーガル理論

ポージェス博士は、副交感神経である迷走神経には腹側迷走神経、背側迷走神経の二つの枝があること、そして、この二種類は進化のまったく違う段階で出現したこと、そしてまったく違う役割を担っているということを発見し、ポリヴェーガル理論と名付けました。

Polyvegalのポリは英語で複数という意味。ヴェーガルはヴェーガス、さまようという意味で、放浪者のことを英語でVagabondと言いますが同じ語源です。神経が、あちこちに迷走するように走っていることから来ています。 つまり複数迷走神経理論ということです。(多重迷走神経と訳している本もあるようです。)

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腹側(ふくそく)迷走神経

腹側迷走神経は、人間が進化の過程で獲得した最も新しい神経系で、表情や声をコントロールする筋肉、耳、心臓、肺などにつながっており、自らの、そして他の人の顔の表情、声のトーンを感受し、その感受した情報が自分にとって「安全」であれば、その情報を脳に伝え、副交感神経が優位となり心拍数を下げ、呼吸は穏やかになり、人との絆を育み、良好な人間関係を構築します。

これを「風の谷のナウシカ」で説明してみましょう。

『風の谷のナウシカ』

腐界に住む王蟲(オウム)というダンゴ虫のような14個の目をもつ巨大生物は高度な知性を備え、深い精神文化をも持っています。破壊を争いを繰り返す人間に怒り目を真っ赤にして大群で、人間の居住地襲いかかろうとしますが、ナウシカが、その身を差し出すと、王蟲は触覚でナウシカを包み込み、テレパシーのようなコミュニケーションによって、恐らくナウシカが全く危険ではない安心安全な存在であることを悟り、その怒りを鎮めます。(宮崎駿さん、凄いです。)

つまり腹側迷走神経は、王蟲の触覚のようなもので、良好な人と人とのつながりや社会とのつながりを司る神経ということで、教授は社会交流神経系(Social Engagement Neuro Platform)と名づけました。

超癒し系アイドルやゆるキャラの共通点は、まさに、その癒される表情や声です。おたく系男性がメイド喫茶に通ったり地下アイドルに夢中になる理由も、ポリヴェーガル理論で説明できそうです。

アメリカでは声の高い大人の女性は頭が弱いと取られるので、私はアメリカでは声を一段以上下げて話すように心がけてきました。反対に日本では、自分のよそ行きの声は高目という人が多いと思います。テレビでは、童顔アナウンサーが、子供ののような高い声でしゃべっています。多分、日本女性に求められているのが、「癒し」なのだと推測します(個人的見解WWW)。

このような一見、文化の違いのように思えることも、ポリヴェーガル理論で説明がつきそうで面白いです。

背側(はいそく)迷走神経

一方、背側迷走神経は、生き残りをかけて進化した「闘争か逃走か」の交感神経より、さらに進化を遡ったごく初期段階に発達した神経で、戦うことも逃げることもできない絶体絶命の状態に置かれた時に、生命維持のために、エネルギーの消費を最小限に抑えるために、ひたすら動かずにじっとしているための神経です。気絶したり、死んだふりをしたり、心身ともに停止状態になります。

スマホの電池残量がごく僅かになった時に、全てのアプリをオフにしてエコモードに切り変えるようなものです。

死んだふりは、相手が「腐ってるかもしれないから、食べるのよしとこ。」と思うことを誘発する行動だそうで、時には死んだふりに加えて腐った匂いを発する生き物までいるそうです。

オポッサムの死んだふり

たとえば、ホラー映画で怖いものを見た人が、本当はすぐに逃げなければならないのに、腰を抜かして動けなくなったりしてますよね。人間関係に疲れて、もう無理!と引きこもってしまう場合もそうです。

The Vapors! Swooning, Fainting Women in Film – Outspoken and Freckled

また、暴漢に襲われた女性に対して、なぜ抵抗しなかったのか?という疑問がよく投げかけられますが、殺されるかもしれないという究極の恐怖状態では、それが唯一の最後の身を守る行動だったとの説明が成り立つと言われています。

人の反応は3ステップ

私たちは、人間関係において常に、王蟲の触手のように神経を働かせて、人の表情や声のトーンを読んだりして、いわゆる空気を読んでいます。(特にハグやキスの習慣がない日本人は、この機能が、社会生活を営む中で特に重要視されている気がします。)

そこから得た情報で、自律神経は三種類の信号を受け取り脳に伝え体の反応になります。

  • →安全、安心、腹側迷走神経(社会交流神経)副交感神経が優位になり鎮静、消化吸収、生殖、睡眠、休息や回復。アイコンタクト、顔の表情、声のトーンなどから安全を感知し良好な社会関係を構築。
  • →危険、交感神経が優位になり身構える。緊張、闘争か逃走か。 
  • →命の危機、背側迷走神経:副交感神経が優位になり、フリーズして動けなくなるか、気絶するか、精神的に離開する。
Reading facial expressions: The art of deciphering body language | CIO

ポリヴェーガル理論から見た明智光秀の気持ち

ここで、いきなりですが、織田信長と明智光秀を例にあげて持論を展開してみます。織田信長は、気分にむらがあり激しやすい性格。一方、光秀は非常に気遣いのできる空気を読めすぎるような人でした。光秀は、信長の下では、いつ地雷を踏んで信長の逆鱗に触れるかわからないという極度の緊張状態に常に置かれていました。特に、ふと漏らした一言が元で欄干に血が出るほど頭を打ち付けられてからは・・・。

明智光秀と織田信長】二人の出会いと関係性とは? | 歴人マガジン

時は戦国の世、正に生きるか死ぬかです。光秀は、戦国武将と長としてお家と家来たちを守るために、逃げるわけにも、引きこもるわけにもいきませんでした。ぎりぎりの選択として、闘争を選ぶしかなかった・・・とポリヴェーガル理論から妄想してみました。

ポリヴェーガル理論で見直す人間関係

その人と一緒にいて安らげるか?

ボージェス博士は自身の子供たちへの恋愛関係のアドバイスで「Do you feel comfortable with that person?(その人と一緒にいて、くつろげる/安らげる?)」と聞くそうです。 それは健全な人間関係、絆を築くには、「安全」と感じることが何よりも大切だからだと言っています。ポージェス博士は「体が常にストレスにさらされいる状態にある時、人は他人と交わることはできず、他人を助けることもできず、他人に助けてもらうこともできない」と言っています。(2021年SYTAR基調講演より)人間関係で安全だと感じた場合は、絆ホルモン、ラブホルモン、そっと抱きしめたいホルモンと言われているオキシトシンも分泌されます。もちろん男女の関係だけなく、親子関係、人間と動物の関係であっても同じです。

Beautiful Mother Snuggling With Her Naked Newborn Baby by Lea Csontos

ポージェス博士がヨガ押しの理由

ポージェス博士は前述の基調講演で、次のように語っています。

「ポリヴェーガル理論は、ヨガという古来の智慧を現代の神経科学で説明したただけです。

ヨガは身体的状態をコントロールする神経運動に属します。つまりヨガをすることを通して自律神経に働きかけ、心を鎮めたり、ヨガを道具として、からだをコントロールすることを学びますす。

特に呼吸を大切にするヨガは、呼吸を通して自律神経をコントロールするツールです。」

ポージェス博士の話を要約すると、こうです。『顔や声をコントロールする筋肉と心臓と肺は腹側神経でつながっており、機能的に結びついている。ヨガは、筋肉やタッチ、声(チャンティング)、呼吸を使って、自律神経に働きかけ心拍を下げ、呼吸を穏やかにし、安心安全という状態を心身にもたらし、ひいては人と人とのつながりをもたらす。

また、ポージェス博士とIAYTの認定ヨガセラピストでもあるメリッサ・サリバン医師との共著の中では、ポリヴェーガル理論とヨガ哲学にある3つのグナの考え方は同じであると明言しています。非常に面白いのですが、これを説明すると、非常に長くなるので、またの機会に譲ります。

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Yumi Hoban Muramatsu
《ヨガメディカル協会》International Liaison& Media Director

全米ヨガアライアンスE-RYT500取得後、医療における補完療法としてのヨガセラピーの国際的標準化団体であるIAYTの認定ヨガセラピストC-IAYT取得。米国のカイロプラクティスや鍼灸のオフィス、ヨガスタジオでヨガセラピーを教える。

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