

私たちは日々、外からの情報にさらされながら生活しています。しかし、その一方で「体の内側からの声」に耳を傾ける時間は、意外と少ないのではないでしょうか。実は、この”内なる声”を聴く力こそが、心身の健康を支える大切な感覚ーそれが内受容感覚(interoception)です。
内受容感覚とは?
内受容感覚とは、心拍、呼吸、空腹や満腹、筋肉の緊張、体の痛み、温度など、身体の内側の状態を感じ取る力のことです。
たとえば、「今日はなんとなく気持ちが重い。」「わけもなくイライラしている。」「今日はなんだか呼吸ができない。」「胸がキュンとなる。」「胸が締め付けられる感じがする。」
こうした感覚に気づくことは、まさに内受容感覚の働きです。
内受容感覚が低いとどうなる?
内受容感覚は身体からのメッセージです。それを見逃してしまったり無視したりすることで、心や身体の症状となって現れるかもしれません。
たとえば、身体の様々なストレスサイン(冷え、睡眠障害、強い緊張感、倦怠感など)を無視することで、無理を続けてしまい、自律神経失調症(交感神経と副交感神経の切り替えができなくなることによる心と体の様々な不調)となり最悪な場合、過労死してしまうかもしれません。空腹感や満腹感のサインを感じ取れない/感じても無視し続けることで、食行動が感情や思考に引っ張られやすくなり、摂食障害になるかもしれません。
内受容感覚に過敏過ぎても、体の些細な変化(心拍上昇、息苦しさ、胸の圧迫など)を「危険な兆候だ」と過剰に感じ取ってしまうことで、不安が加速し、パニックや過呼吸につながることもあります。たとえば、少し心拍が早くなっただけで「心臓発作かも」と思ってしまったり、呼吸が浅くなったのを感じて「息ができなくなる!」と恐怖が高まるといった状態です。つまり本来は無意識のうちに処理している体内の信号を、過剰に意識してしまうことで不安が増幅されてしまうのです。しかも、これらの体内感覚の脳での解釈(認知)が「正確ではない(たとえば心拍の上昇=危険という誤解)」と、ますますパニックに向かいやすくなります。
逆に、内受容感覚が低くて、「自分の状態がわからない=不安の原因が見えない」ということで、不安やパニックを引き起こすことがあります。たとえば、呼吸が乱れていることに気づかず、気づいたときにはすでに過呼吸。緊張しているのに、そのサイン(心拍の上昇、胸の締めつけなど)に気づかず、突然「何かおかしい!」と感じてパニックになる、などです。
過敏であっても鈍感であっても自己調整力を高めることが大切です。そのために有効なのが、マインドフルネス瞑想(体の内側の変化に気づく練習)、ボディスキャン(体の感覚に注意を向ける訓練)、ヨガや呼吸法(呼吸や体の動きに合わせて内受容感覚を高めます。)近年、注目されている自律神経の新理論ポリヴェーガル理論のスティーヴン・ポージェス博士は、呼吸とともに行うヨガは自律神経をととのえるためのエクササイズですと言っています。
内受容感覚を高めると、何が変わる?
内受容感覚が育ってくると、私たちは無意識の反応から抜け出し、意識的な選択ができるようになります。
1. 無意識の行動パターンから抜け出せる
たとえば「今、自分は緊張している」と気づければ、パニックになる前にゆっくりとした呼吸に意識を向けて落ち着く時間が持てます。「なんだかモヤモヤ」した時に、それは怒りや不安なのに、それに気づけず反応的に「食べて解消しよう」としていた場合、食べないという選択肢を意識できるようになります。
2. 認知的なコントロール力が上がる
過去の後悔や未来の不安に飲まれそうになっても、「呼吸が浅くなっている」と気づければ、今ここに戻ることができます。
3. 感情の調整力が高まる
体に現れる感情のサインに気づけると、その感情をやさしく見守る余裕が生まれます。
ヨガは内受容感覚を育てる
ヨガは、内受容感覚を育むためにとても効果的な実践です。その理由をいくつかご紹介します。
1. 呼吸と動きをつなげることで身体に意識を向けやすくなる
「吸って伸びる」「吐いて緩める」など、呼吸とともに動くことで、自分の身体の状態に自然と意識が向きます。
2.比較ではなく「今の自分」を感じる時間
ポーズの完成度よりも、自分の感覚を大切にするヨガでは、人と比べず、“今ここにいる自分”の声に耳を傾けられます。
3.静けさの中で感覚が研ぎ澄まされる
静かな環境でのゆったりとした動きは、普段は気づかない微細な身体の変化にも気づかせてくれます。
内受容感覚を高めるワーク
以下に、初心者でもできる簡単な方法をご紹介します。
① 長く吐く息を意識した呼吸
- 鼻から4秒かけてゆっくり吸う
- 口または鼻から6秒かけてゆっくり吐く(ふーっと長く)
- この 「4:6の呼吸」を1セット として、3〜5分間繰り返す
4:6が苦しい場合には、1カウントでも吐く息が長くなるように、たとえば、3:4などでもいい。
呼気を吸気よりも長くする呼吸法は、迷走神経(副交感神経)を刺激し、自律神経のバランスを整えることがわかっています。研究ではこの呼吸法が、心拍数の変動性(HRV)を高め、不安・緊張を和らげる効果があると報告されています(参考:Porgesのポリヴェーガル理論、2017 / Noble et al., 2019)。
2.スクエア呼吸
吸う:4秒 → 止める:4秒 → 吐く:4秒 → 止める:4秒
それを繰り返す(まるで「四角」を描くように行うためスクエア呼吸と呼ばれており、目をつぶり頭の中に□を描きながら行うのもいい。)
4秒が苦しいときは「3秒」からでもOKです。呼吸に意識を向けることで「今この瞬間」に集中し、不安から距離を取ることができます。ストレス反応を抑え、集中力と心拍変動(HRV)を改善するとうことで、アメリカのNavy SEALSやNYの消防士のメンタルトレーニングにも採用されています。)
3.ゆっくりとした反復運動+呼吸の連動
- 椅子に浅く腰掛ける手を太ももの上に軽く添える
- 息を吸いながら骨盤を少し前に傾けて、背中を軽く反らせる
- 胸を前に開いて、肩を少し後ろへ引く
- 息を吐きながら背中を丸めるおへそを覗き込む(肩の力を抜いてリラックス)
5~10回繰り返す
動きを大きくする必要はありません。「背骨の波を感じるように」優しく動かすことが大切です。呼吸が浅いときは口を少しすぼめて吐くことで、長くゆっくりと吐くことができ、リラックスしやすくなります。
内受容感覚が過敏過ぎる場合のワーク
内受容感感覚が過敏過ぎる場合は、あえて外受容(外界)とのつながりを強めて安心感を高めることが薦められています。たとえば瞑想の際に耳から入ってくる音(聴覚)に注意を向けます。たとえば時計のカチコチという音を利用したり、クリスタルボウルなどの音浴もいいでしょう。音の波動を感じる時間は、思考を手放す時間にもつながります。
安全な触覚との組み合わせでも落ち着きやすくなります。たとえば胸やお腹に手を当てて手の感覚にも意識を向けたり、仰向けでブランケットや重めの布をお腹の上にかけながらの音浴や瞑想でも安心感を加えることができます。
体と心の対話を大切に
ヨガは「体を鍛える」だけのものではありません。体の声に気づき、心とつながる“静かな対話”の時間です。たった数分でも、自分の体にそっと意識を向けるだけで、内受容感覚は少しずつ育っていきます。慌ただしい日々の中、どうか一息ついて、ご自身の“内なる声”に耳を傾けてみてください。
村松ホーバン由美子:日本ヨガメディカル協会公認講師&WEB編集責任者
E-RYT500、C-IAYT(国際ヨガセラピスト協会認定セラピスト)、介護予防指導士、米国シニアヨガ指導士、ムーブメントセラピー指導者、ORIGINAL STRENGHTH認定プロフェッショナル、日英通訳翻訳。埼玉県在住。
【担当講座】「解剖学② ヨガセラピー✖筋膜」「ヨガ✖ポリヴェーガル理論✖自律神経」「様々なポーズの軽減法」