訪問医療のスペシャリストとして患者さんの診療に携わりながら、笑いヨガを行う「 笑いクラブ」を主宰する宮本先生。笑いが私たちの健康にもたらす効果とは?(日本ヨガメディカル協会発行2022年会報誌「こころ」より)
宮本謙一(みやもと・けんいち)在宅療養支援クリニックかえでの風たま・かわさき院長。奈良県立医科大学卒業後、同大学の呼吸器感染症血液内科に入局。大学病院などでの勤務を経験し、東京都の公衆衛生医師として働く。2011年に東日本大震災の被災地での活動や複数の訪問診療クリニックでの経験を経て、2019年「在宅療養支援クリニック かえでの風たま・かわさき」院長に就任。笑いヨガの可能性にも注目し、「笑いクラブ」の活動も行っている。
岡部朋子(おかべ・ともこ)一般社団法人日本ヨガメディカル協会代表理事。セラピーとしてのヨガを伝えられるヨガセラピストの育成をはじめ、病院でのヨガクラスの提供など、メディカルヨガの視点から医療従事者や患者さんへのヨガの普及に務めている。
岡部:宮本先生は訪問医療と笑いヨガをやられていて、素晴らしいなとずっと思っていました。今日はお会いできてとてもうれしいです。
宮本:こちらこそお声がけいただきありがとうございます。
岡部:お聞きしたいことはたくさんあるのですが、まず、先生が現在のように訪問医療の道に入るきっかけを教えていただけますか。
宮本:大学卒業後、呼吸器感染症血液内科に入って、医者として働いていました。そこでは重い病気を患っていて、亡くなられる方がとても多かったのです。重い病気になってしまうと治すのは難しい。それで、予防医学や病気を早期発見する医者になろうと思って、公衆衛生を担当する医者の道を選びました。その後、東京都の公衆衛生医師として働いていたときに東日本大震災が起こって、被災地に派遣されることになったのです。
岡部:そこではどのような任務を?
宮本:被災地というと、避難所に避難するイメージがありましたが、一つのお宅に近所の方や親戚の方が身を寄せ合って避難している場合もたくさんあって。そういうお家を回って診療させていただいたんです。それまでは病院でしか患者さんと接しことがなかったので、実際にみなさんが生活している場に行くことで気づくことがたくさんありました。病院だと、患者さんはいわばよそ行きの姿。様子を聞いても「大丈夫」「元気です」とおっしゃる方が多いですが、実は家ではそうではないこともあります。食べるのがやっととか、薬もあまり飲めていないとか、それでどんどん体調が悪くなっていくのだなということに気づかされました。それで、患者さんの自宅に伺って、生活を見て、治療を支えていくような診療をしたいと思うようになり、数年後に転職して、現在のように訪問診療を専門でやることにしたのです。
岡部:なるほど。そうだったのですね。今はどのような患者さんが多いのですか?
宮本:ご高齢で体が不自由な方もいますし、若い方だとがんが進行して痛みがあったり、呼吸が苦しいといった医療措置を必要とする方が多いです。認知症の方も多いですね。在宅医療はチーム医療。僕たち医者は治療方針を決めて、薬を処方しますが、点滴や床ずれの処置などは看護師さんにお願いして、お風呂やおむつ交換はまた別の方が担当方が多いですが、実は家ではそうではないこともあります。食べるのがやっととか、薬もあまり飲めていないとか、それでどんどん体調が悪くなっていくのだなということに気づかされました。
それで、患者さんの自宅に伺って、生活を見て、治療を支えていくような診療をしたいと思うようになり、数年後に転職して、現在のように訪問診療を専門でやることにしたのです。東日本大震災での活動が訪問診療を志すきっかけにするなど、みんなで患者さんを支えています。
常に患者さんが中心で、その周りをいろんな職種の人が支えているのです。従来の医療のように医者がトップで、その下に看護師さんやほかの職種というピラミッド型ではありません。また、治療に関する考え方も病院とは異なります。
例えば、病気が進行して飲み込む力が落ちると、食事がうまくとれなくなります。病院だと「誤嚥が多いと肺炎になるので食事はやめましょう」という考えになりますが、在宅医療の場合、患者さんに食べたい意思があるなら、料理にとろみをつけて飲み込みやすくする、リハビリで飲み込む力を強化するなどいろんな方法を試します。患者さんが送りたい生活をサポートするのが私たちの役割なのです。
岡部:私は去年から大学院で公衆衛生を勉強しているのですが、医療は治療のエキスパートというだけではなく、昔から全人的医療とか、バイオ・サイコ・ソーシャルモデルという考え方が以前からあるんだなと最近知りました。先生がおっしゃるように治療だけが目的ではなくて、治療の先にある生活を含めた支援が大切なんだなと。今日お聞きしたかったことの一つに ICF(国際生活機能分類)があるのですが、これは生活の中で何ができるかによって分類する尺度ですよね。病気や障害がある方だけでなく、ここには妊婦さんも含まれます。
宮本:そうですね。例えば私の患者さんに多いのが認知症ですが、認知症は脳の認知機能が落ちた状態です。生活で困ることがなければ「少し物忘れがひどくなったな」くらいで普通に過ごせるわけですが、生活に支障が出てくると初めて認知症と分類される。日常生活で何ができて、できないのかを把握して、できないことの障害を最小限にして、できることを活かして楽しい生活を送ることを考えるのが大切だと思います。
岡部:私は常々、協会のヨガセラピストに「できること探しのエキスパートになってください」と話しているんです。例えば、足首は痛くて動かせない。でも手首が動くなら、手首を気持ちよく動かしましょう、とか。そしてやっぱり「笑い」はとても大事な要素ですよね。
宮本:私は笑いヨガの指導もしていますが、認知症が重いと、なかなか笑いヨガを一緒にすることは難しいんです。ただ、やっぱり少しでも日常生活の中で笑いを取り戻してもらいたくて、家の中の様子や写真からヒントを得て、昔の趣味や思い出話についてうかがうと、みなさんうれしそうにお話しになったりします。
岡部:素晴らしいですね。病気のあるなしに関わらず、笑えてされいれば健康なんじゃないかなとも感じます。
宮本:笑いヨガに関しては、患者さんを支える周りの人たち、特にご家族にも効果的。介護は 24 時間365日続くので、疲労も積み重なります。気持ちに余裕がなくなると誰しも笑えなくなりますから、そういう方にこそ確実に笑えるツールとしての笑いヨガに注目しています。
岡部:楽しくなくても笑うことで脳がだまされると言いますよね。笑いヨガに参加される方の様子はいかがですか?
宮本:コロナ前には 2、30人で 集まって開催していました。30 分くらいかけて、決まった動きに合わせてみんなで笑うということをするのですが、最初は緊張した固い表情をしている方も、帰る頃には楽しそうに、みんなと顔を見合わせながら大笑いしながら帰っていかれますね。ほぼ例外はありません(笑)。
岡部:実は私がアメリカでヨガセラピーを学んでいたとき、笑いヨガもカリキュラムに入っていたんです。「そもそも笑いヨガはヨガなのか?」みたいに先生がおっしゃって、「でもヨガの意味は“つながる”ですよね。笑うと、みんなつながるよね」って、理論的に妙に納得したんです。でも、当時のノートの片隅に「私には無理」って書いてありました(笑)。ただ、そのあと帰国して緩和ケアについて知ったり、産後うつの方に触れたりしたことで、やっぱり笑いはとても大事だなと思い始めたんです。あと、大学院で学んですごく納得したのが、「自己効力感」がすごく健康にいいということ。自分の体の中に気持ちいいという実感があると、自己効力感をさらに後押しするそうで、笑ったときに出るいろいろなホルモンが自分の体に「またやりたい」と後押しするのかなとも感じました。
宮本:そうですね。笑うと脳内ホルモンもたくさん分泌されますし、ナチュラルキラー細胞が活性して免疫力が上がるとも言われています。
岡部:そうですよね。笑いが体にいいということが基礎研究でわかっているのだとすれば、これからはどうやって安全に、医療に取り入れられるかを考え、それができる人材を育むことが大切だと思います。
宮本:私のクラスでも、ときどき脳梗塞の後遺症で麻痺がある方もいらっしゃいました。そいう方は車椅子に座ったままやってもらいますし、動ける範囲でいい。体がまったく動かなければ、お顔だけ笑ってもいいんです。その方のできることに配慮して、一緒に楽しんでいただくことを心がけてやっていますね。
岡部:本当におっしゃる通りだと思います。
宮本:ところで、笑う頻度で死亡率が変わるという調査結果があって、ある街の住民を対象に10年近く健康状態をチェックしたそうです。笑う頻度が高いグループと、あまり笑わないグループに分けたところ、笑わないグループの死亡率の方が二倍も高いことがわかりました。あまり笑わないと、心筋梗塞や脳梗塞のリスクが上がるというデータもあるんですよ。ヨガも笑いヨガも、そんなにお金をかけることなく誰でもできて、かつ確実に効果が期待できるもの。これらを自然に暮らしに取り入れる世の中になるといいなと思います。
【座談会を終えて】コロナがなかなか終息しない中、私たちの生活はオンライン中心に切り替わりました。実際に息遣いを感じる距離で交流することから得られるものは計り知れませんが、それでも画面越しに見る人々の笑顔は私たちを安心させ、勇気づけてくれます。先生が仰るには、笑うことで私たちの脳は上手に騙されるそうです。もう一踏ん張り、みんなで笑い合うことの力を信じ、毎日を過ごしましょう!