

ハーバード大学心理学教授であり、マインドフルネスの母とも称されている エレン・ランガー博士 は、マインドフルネス、認知、心理学と身体的健康・長寿の関係 に関する革新的な研究で知られています。「なにごとも心の持ちよう」という表現は、よく耳にする常套句ですが、ランガー博士は、長年のあらゆる実験と研究を通して「思い込みが実際の認知能力や健康に影響を与える」 ということの科学的証拠を提供してきました。(2025年の時点で77歳、現役で教壇に立っています。)
自己認識で若返る
ランガー博士の最も有名な研究の一つが 「カウンタークロックワイズ実験(心の時計の針を戻す実験)」 です。この実験では、老化に関する自己認識を変えることで、身体が若返る可能性を示しました。
【実験内容】高齢男性のグループに彼らが20年前に過ごした環境を再現した施設 で当時の家具、ニュースや音楽、雑誌に囲まれて、あたかもタイムスリップしたような状態で1週間を過ごしてもらいました。参加者は20年前の自分になりきること、過去のことを「昔は○○だった」ではなく、「今○○だ」と現在形で話すことを指示した。一方の比較グループ(コントロールグループは)上記と同様の環境で、自分は現在の年齢のまま でいることを意識しながら昔を振り返ることを指示しました。
【結果】最初のグループ(介入群)の方に視力の改善、姿勢の向上、筋力・柔軟性の向上、認知機能の向上、血圧の低下がありました。(外見も若返って見えた。)
マインドフルネスで健康寿命は延びる
ランガー博士は、「マインドフルネス(今この瞬間に気づき、意識を向けること)」 が、幸福感や健康長寿に大きく貢献すると主張しています。
ここで注意したいのは、マインドフルネスの定義がランガー博士と、現在、主流となっているマインドフルネスの定義とは違うと言うことです。現在主流のマインドフルネスはジョン・カバット・ジン博士の禅に影響受けた瞑想ベースのアプローチで、マインドフルネス・ストレス低減法(MBSR)として知られています。瞑想では、「評価せずありのままの自分の(思考・感情・身体感覚)を観察し、受け入れること(非反応的な気づき)」に重点を置いています。MBSRはストレス軽減、集中力向上、慢性疼痛管理、不安やうつの軽減に活かされています。
積極的な気づき(Active Noticing)を大切にする
一方エレン・ランガー博士のマインドフルネスは、瞑想は必要なく 「日常の中で今、この瞬間に意識的に注意を向けて積極的に気づき、固定概念に捉われず柔軟な思考をすること」(Active Noticing)を大切にします。
マインドフルネスの反対は「マインドレスネス」で、それは「人が無意識のうちに思い込みに支配されている状態」です。たとえば、「年を取ったら記憶力が落ちる」と信じ込むんでいる状態ですが、そのような思い込みによって実際に記憶力が低下しやすくなると述べています。

ですので、日常において私たちが無意識にルーティンとしてこなしたり、既に知っていると思っていることに対しても、何気ない変化や小さな違いを意識的に観察することで(つまり物事に際してこどものような心で取り組むことで、)脳を活性化し、認知機能が維持され、健康や幸福感が高められ、それが長寿にも寄与するという考えです。
対人関係においても、お互いにマインドフルな状態で、つまり対話相手に純粋な興味を持って積極的に関わる場合、そうでない場合よりも良好な人間関係を築くということを研究で明らかにしています。
自己暗示で変化をもたらす
ランガー博士は、「プラセボ効果(思い込みが実際に身体に影響を与える現象)」 について以下のような研究しています。
【ホテルの清掃員を対象にした研究】人は一般的にエクササイズは仕事後などに別途行うと思っていて、働いている時間の運動量は考慮に入れていません。ですので、多くの運動していない人は自分は運動不足だと思っています。実験では、清掃員に 「あなたの仕事は実は運動になっている」 と伝えたグループと、何も伝えなかったグループに分けました。「運動になっている」と知ったグループの方は、運動量は変わっていないのに体重が減少し、心血管の健康が向上しました。
ランガー博士は、考え方を変えることで、病気の進行を遅らせたり、回復を促進できる可能性があるということを研究で明らかにしました。
マインドフルネスにアンチ・エイジング
- 「自分はまだ若い!」と意識する(自己暗示)
- 年齢を理由に制限をかけない(固定観念をはずす)
- 新しいことに興味をもって積極的に気づくようにする(マインドフルネス)
- ポジティブな環境に身を置く(自己認識の変容/カウンタークロック実験などの結果からエレン・ランガー博士 は、「環境が私たちの心と身体に大きな影響を与える」 と主張し、ポジティブな環境に身を置くことの重要性を強調しています。)
彼女のマインドフルネスのアプローチは、教育・ビジネス・医療分野で創造性向上やパフォーマンス向上に有効とされ活用されています。特に 「固定観念を外す」 という考え方は、組織開発やリーダーシップ研修などで応用されています。
ヨガセラピーへの応用
エレン・ランガー博士の理論は以下の点でヨガセラピーとも大変親和性があります。
- ポーズの「正解」を押し付けない
一般的なヨガでは「このポーズはこうあるべき」と型を重視しがちですが、ヨガセラピーは、みんな違ってみんないいという考え方で固定観念に捉われないことを重視します。そして体がどう反応しているかへの積極的な気づきを促します。例えば、右足をストレッチしたら一旦、呼吸をしてストレッチしていない方の感覚との違いを観察してもらいます。 - 「比較」ではなく「違い」に気づく
一般的なヨガでは、つい他の人と比べがちです。初級ポーズや上級ポーズがあったりします。柔軟で美しくポーズを取れる人が上級のように思いがちです。ヨガセラピーでは「今日のあなたと昨日のあなた、何が違う?」と「うまい下手、体が硬い柔らかい」ではなく、自身の身体感覚や呼吸や内面の小さな変化に気づくことを重視します。
村松ホーバン由美子:日本ヨガメディカル協会公認講師&WEB編集責任者
E-RYT500、C-IAYT(国際ヨガセラピスト協会認定セラピスト)、介護予防指導士、米国シニアヨガ指導士、ムーブメントセラピー指導者、ORIGINAL STRENGHTH認定プロフェッショナル、日英通訳翻訳。埼玉県在住。
【担当講座】「解剖学② ヨガセラピー✖筋膜」「ヨガ✖ポリヴェーガル理論✖自律神経」「様々なポーズの軽減法」