

脚は脳と神経細胞の健康に欠かせない
「老化は足から」とよく言われますが、近年の科学研究によって、その言葉が裏付けられつつあります。2018年に神経科学誌 “Frontiers in Neuroscience” に発表された研究では、後脚の動きを制限したマウス(前脚は自由に動かせる状態)と、制限のないマウスを28日間観察しました。その結果、後脚を動かせなかったマウスでは、脳の「脳室下帯」と呼ばれる神経幹細胞の領域で、神経幹細胞が70%も減少していたのです。さらに一部の神経細胞は未成熟のままでした(Frontiers, 2018)[1]。
この研究から、特に脚に負荷をかける運動が脳に信号を送り、神経細胞の生成を促すことがわかりました。また、神経疾患の患者が歩けなくなった途端に症状が急速に進行する現象のメカニズムを説明する手がかりにもなっています(Science Daily, 2018)[1]。
さらに2018年以降の研究でも、下肢運動と脳の健康の関連が確認されています。高齢者を対象にした研究では、レジスタンストレーニングが海馬の神経可塑性や代謝を改善する可能性が報告され(The Journals of Gerontology: Medical Sciences, 2024)[2]、歩行の強度が記憶力改善と関連することも示されています(Journals of Gerontology, 2023)[3]。また、運動によって筋肉から分泌される「イリシン」やBDNFといった分子が神経新生や可塑性を促すことが近年の総説で整理されています(Nature Metabolism, 2024)[4]。
固有受容感覚と脳の活性化
また、もうひとつ重要なのが 固有受容感覚(proprioception) です。固有受容感覚とは「自分の体が空間の中でどこにあるか」を感知する能力で、筋肉・腱・関節にあるセンサーからの情報によって成り立っています。
例えば、目を閉じていても自分の手や足の位置がわかって鼻に触れることができたり、階段を見ないでも上がり下がりできるのは、この固有受容感覚のおかげです。空中回転を必要とするアスリートなどは、特にこの感覚に優れているので、見事な着地を決めたりできるわけです。脚の筋肉をしっかり使う運動は、この感覚を絶えず脳に送り続けることで脳の領域を刺激し、神経の健康を保つ助けとなります。ただし、この感覚も、加齢や不活動によって鈍くなり、失われます。そうなると、転倒リスクの上昇や認知機能の低下につながってしまいます。
ヨガではポーズを取るたびに「足の裏で床を押す」「左右のバランスをとる」といった固有受容感覚を総動員します。これは単なる筋トレ以上に、脳と体のネットワークを強化する働きがあるのです。
ヨガで重力を活用する
下の動画は、宇宙飛行士スコット・ケリーが1年の宇宙ミッションを終えて帰還した直後の様子です。無重力環境で長期間過ごした後は、歩くことさえままならないのがわかります。
NASAのツインズスタディを含む研究によると、無重力下で長期生活を送ると筋肉や骨が衰えるだけでなく、姿勢制御や感覚運動、脳機能の回復に大きな時間を要することが明らかになっています(Science, 2019)[5]。
その点、ヨガは重力と自分の体重を活用する自然な運動です。脚をしっかり使うことで老化を防ぐ効果が期待できるだけでなく、左右のバランスを意識して体を動かすことは、固有受容感覚を高め、脳の活性化にもつながります。
“Use it, or lose it.” ― 「使わなければ、失われる」
脚を動かすことは、単なる体力維持にとどまらず、固有受容感覚を通じて脳の健康と老化予防の鍵となるのです。