高宮有介(たかみや ゆうすけ) 昭和大学医学部医学教育学講座教授。日本死の臨床研究会世話人代 表。緩和ケアで学んだ心のケアや セルフケア教育を、全国の医療者 や学生に発信している。著書に『臨 床緩和ケア』『がんの痛みを癒す』 などがある

土屋静馬(つちや しずま) 昭和大学医学部医学教育学講座講 師。准教授。専門分野は内科(腫瘍、 緩和ケア)、医学教育学で、昭和大 学内外で講義や講演を多数行なう。著書に高宮先生との共著『セルフ ケアできていますか?』がある

岡部朋子 (日本ヨガメディカル協会 代表理事)

学生を対象にマインドフルネスを通じたセルフケアを伝える高宮先生と土屋先生。その背景や、医療者従事者へのストレスケアの必要性を伺いました。

学生たちに伝えるセルフケアの大切さ

高宮先生(以下高宮):私は現在、昭和大学医学部、医学教育学に籍を置いて、学生たちにマインドフルネスをベースにしたセルフケアを教えています。以前はがん患者さんの、心身の痛みを和らげる緩和ケアに30年ほど携わっており、今も緩和ケアのコンサルテーションの手伝いなどもしています。

土屋先生(以下土屋):私はもともと腫瘍内科と緩和ケアが専門で、昭和大学横浜市北部病院にいました。2017年から医学教育の方に異動になり、現在は特に、臨床での医学生や研修医をどう育てていくか?ということが仕事の中心です。

岡部:高宮先生と土屋先生の二人体制で、昭和大学の学生さんにマインドフルネスを指導していらっしゃるんですよね?

高宮:はい。講義として始まったのが2015年ですが、まだまだ導入といった感じですね。1年生約600人を4クラスに分け、各クラスに90分の講義を行っています。

岡部:講座はどのような内容なのですか?

高宮:まず、マインドフルネスとは?という基本的な話をして、セルフケアの必要性を伝えます。それから瞑想体験ですね。

土屋:セルフケアがいかに大切かということは、緩和ケアの世界では何十年も前から言われていたことですが、じゃあ具体的にどうするかということについて、国内ではしっかりとしたカリキュラムがありませんでした。ですから講義の内容も、まだこれからブラッシュアップしていく余地があると思っ ています。

岡部:学生さんはまだ実際の医療現場を体験して いませんが、それでもやはり効果はあるのでしょ うか。

土屋:学生たちは医療現場こそ経験していません が、受験を経ていますし、ストレスはやはり身近な 存在です。ストレスにさらされている自覚がなく、 どう対処すればいいかわからなくなってしまう前 に、“セルフケア”というものをアイデアとして伝え ることに意味があるかなと思っています。

高宮:マインドフルネスとは一言で言うと、過去で も、未来でもなく、今この瞬間に集中して生きるこ とです。言葉にするとシンプルですが、実践する ことはなかなか難しいので、そのための手段とし て、今この瞬間の呼吸に意識を向けたり、瞑想を 行って体感してもらうようにしています。特に1年生は寮が4人部屋で、なかなか一人になれる空間 がない。瞑想で呼吸に集中する中で、初めて自分 だけの静かな時間に戻れるので、短い時間ですが 有意義な体験になっていると思います。

岡部:医療関係者の方からは、職場全体にストレスが蔓延していて、離職率が高いと聞きます。やは り学生という早めの段階でこういうアプローチを することが役に立つのでしょうね。学生たちに伝え る上で心がけていらっしゃることは何ですか?

土屋:ヨガやマインドフルネスって、その世界に身 を置いている人同士だと共通言語がたくさんある のですが、一方でそういう世界に触れたことがな い人にはまったく理解できないことが多いと思う んです。ですから自分たちの言語ではなく、相手が わかる言葉に置き換えて伝えることを心がけてい ますね。

岡部:今おっしゃった、内輪の言葉で話すと伝わらないというのは私も同感です。私自身、初めて日 本のヨガスタジオに行ったとき、白い服を着た人が 逆立ちをしているのを見て『無理』と思ったことが あって(笑)。アメリカだともっとライトな雰囲気 だったんです。大間の本マグロがいいのか、カリ フォルニアロールがいいのかと言ったときに、大間 の本マグロが本当にいいものだったとしても、チー プなカリフォルニアロールをみんなが喜んで食べ てくれるならそれでいいんじゃないかな、と思って いて、今はそういう伝え方に特化していこうかな と思っているところです。

土屋:本当にそうですね。やっぱりそれ自体がど んなにいいものであったとしても、話を聞いてもら えなければ意味がないですし……。

高宮:僕はスポーツクラブに通っているのですがヨガは大人気ですよね。リラックス系のものもあ れば、ハードなものもあって、高齢者も多い印象で す。ただ、それがマインドフルネスにつながってい るかまで意識している人は少ない。講義で『マイン ドフルネスを知ってる人?』と聞くと何人か手を挙げ るのですが、『私はヨガをやっているけど、ヨガはど うなんでしょう?』と質問されることもあるんです。 『それはマインドフルネスと同じ、“気づく”というこ とになっているよ』と伝えています。そう考えると、 知らないうちにマインドネスをやっている人はたくさんいる気がしていますね。

岡部:以前、協会として“ヨガとは何か”という定義を決めたのですが、そこでは「適度な運動に穏やかな呼吸を合わせることによって、心を落ち着かせ る方法である」としています。それをいきなり社会 全体に広げるのは難しいにしても、少なくともヨガ を伝える側の人がそこに意識を持っていけば、ヨ ガの形をしたエクササイズではなく、ヨガの本質で あるマインドフルネスを伴ったレッスンが行われ るようになっていくのかなと。ちなみに先生方は、マ インドフルネスやセルフケアがどれだけいいと言って も、拒否反応を示す学生に対して、どのようにアプ ローチされていらっしゃいますか?

高宮:僕がまず伝えるのは、飛行機の酸素マスク の例です。飛行機で何か事故が起こった場合、人 を助ける前に、まずは自分が酸素マスクを着用す ることが大切ですよね。自分が安全な状態になっ て、初めて誰かを助けられる。そういうことをお 伝えすると、学生たちも『そういうことなら、やっ てみようかな』と感じやすいようです。

岡部:私は今、子育て真っ盛りなのですが、現代の 母親たちも産後うつや産後クライシス、児童虐待 などいろいろな問題がありますよね。それらの問 題も単純に母親たちが疲れているんじゃないかな と感じていて、世の中の問題の多くが疲れをとることで解決するんじゃないかと思うんです。今、働き方改革と言われていますが、いくら働き方を変えても、ちゃんと休めていなければ意味がない。マイ ンドフルネスも心を休めることに通じますが、医療の現場で働いている医療従事者の方々の間に、『休 むことが患者さんの安全につながる』という風潮は あるのでしょうか?

高宮:確かに、休むことの質に関してはあまり議 論されていないかもしれませんね。私が外科に勤 務していた30年前は、当直して、徹夜のまま次の日、 手術をして、また病院に泊まって……ということの 繰り返しでしたが、今は一応、帰っていいというこ とにはなっています。ただ、それでもオフの時間を どう過ごせているか、きちんと疲れがとれている のかはまだ疑問がありますね

「おかげさま」の心が マインドフルな生き方につながる

土屋:どうしてもマインドフルネスの話になると、 リラックスして、強い自分を取り戻して、明日から も大変な毎日を乗り切っていきましょうという話 になりがちですが、強い自分というのは単に結果 の話であって、マインドフルネスにおいて大切なの はそのずっと手前にある自分というものの意味、リ ソースに“気づくこと”だと思っています。日本には昔から“おかげさま”という考え方がありますよね。 お互いがつながっていて、その関係性の中で自分 という人間も意味をもらっていて、さらに自分を動 かすエネルギーにもなっている。そうした自分が成 立している意味=リソースに気づき、気づかされるということがマインドフルネスのすごく大事なア イデアだと思うんです。

高宮:“おかげさま”という関係性でいうと、僕たちの講義の中で「幸せの瞑想」というものがあります。これは亡くなってしまった人や親しい人の名前を言っ て、今、自分がここにいることに感謝するというこ とと、さらにその人たちの幸せを願うというもの です。そういうことも含めて僕たちはマインドフ ルネスだと思っているのですが、そこがなかなか 言葉では伝えづらいところでもありますね。ただ、 目の前のことを一つひとつ丁寧にやっていけば、言 葉の端々や態度から、自然とそうしたエッセンスも伝 わっていくんじゃないかなと、僕は信じています。


【編集後記】日本における先駆者のお二人に、道なきところに道を広げていく静かな情熱をお聞きすることができました。人の生死に関わる医療の現場にこそストレスケアが必要であるという考えは今後確実に普及していくことでしょう。体感して初めて腑に落ちるものだからこそ、協会も多くの方が参加しやすい環境作りに取り組んでいきたいと思いました。高宮先生、土屋先生、本当にありがとうございました。