医療の技術革新という点では最先端を行くアメリカですが、1990年代から代替、補完医療としての東洋医学にも関心が向けられてきました。1998年には、政府援助による研究機関として国際補完代替医療センター(NCCAM)が設立されました。

NCCAMでは、自然や伝統的な治癒方法に関する研究も行われており、特に近年ではヨガ関連のリサーチが盛んに行われるようになり、ヨガには病気を予防したり、病気による症状を緩和したりする効果があるという医学的根拠と裏づけ(エビデンス)が次々と発表されています。

科学的根拠に基づいたヨガの普及を目指して

日本ではセラピーとしてのヨガの普及は、まだまだですが、ヨガメディカル協会では、病気の治療中の方でもできるヨガの普及をミッションの一つとしており、そのためにも医療機関と連携して日本独自のエビデンスを積み上げて行く準備をしています。

今回、インタビューに答えてくださった尾賀さんは、東京工業大学の生命理工学部で生命工学の研究をされた後、製薬会社でMR(メディカル・レプリゼンタティブ)としてキャリアを積まれた後、ヨガ・インストラクターとなられました。

尾賀さんの知識とバックグラウンドを生かして、ヨガメディカル協会と共に、ヨガ・リシャーチャ-としてヨガの健康効果を科学的根拠に基づいて実証するためのエビデンスの蓄積にご協力いただくことになりました。

尾賀 絵里さん
●ヨガジェネレーションにて「ヨガの効用を科学する」を執筆中
●製薬会社のMRを経てヨガインストラクターになる
●ヨガメディカル協会ヨガ・リサーチャー

製薬会社のMRとは

Q.まず前職の製薬会社のMRというお仕事について教えていただけますか?

MRの仕事は、自社製品の適正情報をドクターなど医療従事者へ提供しながら、適切な患者さんに適切な薬が届くようにすることです。

Q.医療従事者への薬の情報提供ということですね。特に、どのような力が求められますか?

薬の有効性や安全性を詳しく説明できるだけの専門的な知識が必要となります。

その際重要なのがエビデンス(科学的根拠)です。医療も日本では東洋医学の経験則の時代からEBM(Evidence Based Medicine/根拠に基づく医療)へと変遷し、発展してきました。ですので、薬の情報提供というものは、全て研究論文に基づき行われています。こういった経験の中で、研究論文を読むことや、論文を検索する能力など、更に培われたような気がします。

Q.製薬会社からヨガ・インストラクターにキャリアチェンジされた経緯を教えていただけますか。

ヨガとの出会いは、大学生の頃、母に誘われ初めてヨガスタジオに行きました。その時のスタジオは、昨今の流行から考えると珍しく、本格的なハタヨガを教えてくれるところでした。就職に伴い地元を離れため1年も続きませんでしたが、なんとなく「ヨガ良いなぁ」と心に残った経験です。

その後、『健康になるお手伝いができれば人に貢献できるのでは』という想いで製薬会社に就職し、MRとして営業に携わりました。様々な種類の薬を担当する中で、「自信を持ってオススメできる製品」と「正直、他社のでも良いんじゃない」という製品、「この疾患には薬というアプローチ以外にもストレスケアなど他のアプローチもあるのでは?」という製品など様々ありました。徐々にですが、「自信を持ってオススメできる製品」以外の営業活動には、「本当に患者さんのためになっているのか」と複雑な想いを抱くようになりました。

とは言っても会社員ですので、売上目標もあり「シェアを伸ばさなければならない」という想いと「果たしてそれが本当に患者さんのためになっているのか」というジレンマの中で、すごくストレスを感じるようになりました。

そんな中で、大学生の頃少しだけ行なったヨガがやりたくなり、ヨガスタジオに行きました。入会はしましたが、そこのヨガスタジオでは続かず、すぐ辞めることになります。私の中でヨガは、大学生の頃に行なった古典的なハタヨガのイメージでしたが、そこのスタジオでは大きく異なるスタイルであり、私にとってはヨガの良さが感じられませんでした。

その後もストレスを感じながら働いていましたが、やっぱりヨガがやりたくなり今度は違うヨガスタジオに行ってみました。そこの先生の元では、すごく気持ちよくヨガができ、通うことになります。時を同じくして、自分のキャリアについても考えるようになりました。海外ボランティアや、会社のCSR(社会的責任)への部署異動など、よりわかりやすく社会に貢献できそうな道を考えていましたが、当時の上司には「会社っていうのは売上があって初めて社会に貢献できるから。CSRなんて辞めた方がいいよ」と全否定されてすごく落ち込んだのを覚えています。

疾患に対する薬というアプローチから多面的なアプローチへ

悩みを抱えている中で、どんどんヨガだけは好きになっていきました。そんなある日、アメリカなど海外ではヨガのエビデンスが蓄積され、一部では保険でヨガセラピーがうけられることを知ります。また、働く中で「健康であるためには、薬以外にもストレスとの向き合い方など多面的なアプローチが必要なのではないか?」と思うようになり、ヨガもその一つだという確信が強くなっていきました。

こうした中で、通っていたヨガスタジオがRYSに認定され、RYT200を開講することになったので申し込みました。最初は働きながら通っていましたが、会社内でのキャリアチェンジを上司に否定され、会社での将来が描けなくなっていたこと、またヨガを通して心身の調和・健康増進のお手伝いをしたいと思い、転職を決意しました。

同時に、日本でのヨガのエビデンスも調べましたが、海外ほどには研究が進んでいないことや、日本のヨガ業界においてエビデンスという概念があまり浸透していないことを知ります。エビデンスにより客観的な効果が示されれば、より多くの人にヨガが受け入れられるのではないかと考え、エビデンスをもとにヨガを伝えるライターの活動にもチャレンジすることにしました。

ヨガに科学的根拠が必要な理由

Q.ヨガに、なぜエビデンス(科学的根拠)が必要なのでしょうか?

ヨガは古い伝統があり、先人たちの経験の元、こんな効果がある、あんな効果がある、と言い伝えられてきた側面があります。つまり経験則です。ヨガを行っている私たちは、実際に効果を実感することでそれらの効果を信じ、伝えていけますが、ヨガを知らない人からしたらどうでしょうか?

特に、日本ではオウム真理教の事件があってからヨガが嫌煙される風潮もありました。今でも良くないイメージを持っている人が少なからずいると思います。私は、ヨガに対する先入観からヨガを避け、ヨガの恩恵を受けられない人がいるのをとても勿体なく思っています。そんな方にも『客観的』に示されたヨガの効果を聞けば、もしかしたらヨガをやるきっかけになるかもしれません。

また、ヨガを趣味というカテゴリーから、治療の側面もあるセラピーというカテゴリーに普及していくためにも、『客観的』な効果や安全性について検討する必要があります。その時に重要なのがエビデンスです。

簡単にいうと、ヨガをする人とヨガをしない人に分け、研究前のそれぞれの群の指標と、一定期間経過後のそれぞれの群の指標を調査し、ヨガをしない人に比べてヨガをするとどの程度効果があるのか、安全性に問題はないのか、比較して示す必要があります。こうした研究がエビデンス(科学的根拠)となります。

日本独自の研究結果が必要な理由

Q.アメリカをはじめとしてヨーロッパなどでも、既にヨガに関する多くのエビデンスがありますが、なぜ改めて日本での研究と実証が必要なのでしょう?

エビデンスには人種差というものがあります。例えば、薬のエビデンスにおいても、同様の研究内容であれば、海外での研究より日本での研究が重視されます。また、国内で薬を販売するためには、海外でどんなに良い結果が出ていようとも、国内での臨床試験実施が基本的には必須になります。

MRとして情報活動をしたいた際も、例えば「海外でこんな素晴らしい結果が出ました」と伝えても「所詮、海外でしょ?」と言われることもしばしばです。体型や生活習慣、食生活、遺伝子の違いなどから、人種によって異なる傾向の結果が示される場合があるからです。

こういったことから、国内での研究があればより説得力が増しますし、日本国内でヨガセラピーを普及させていくには、日本での研究が必要なのではないか、と考えています。

Q.なるほど!たとえば私が逆流性食道炎を患っていた時に、日本に滞在中に同じ処方薬をもらったら成分が半分以下でびっくりしました。また、アメリカで全身麻酔をした時に、東洋人を診たことのない先生で、アメリカ人と同等の量を入れられてしまい、3日間ふらふらだったこともありました。私の友人では、アメリカで結核にかかって、適度な運動をしなさいと言われて、肺に穴が開いてしまい、あわてて日本人の医者を探して駆け込んだら、「君、アメリカ人と同じことしたら、死んじゃうよ。」と言われたそうです。

話は前後しますがヨガを通して得た新たな気づきなどありましたでしょうか?

たくさんあります。まずは、自分の身体や心を自分ではよく知っているようで、意外と無視しがちであることです。心や体を無視したり、抑圧したりすると、どんどん苦しくなっていきます。会社員時代にジレンマを抱えながら働いていた時がそうでした。

ヨガを行うと、社会的立場や地位、肩書、学歴で表される自分ではなく、「本当の素の自分」に帰ってこれるような気がします。会社員時代の健康は、健康診断での数値が正常に入ることでしたが、ヨガを通して「自分自身」を受け入れ、自分らしく人生を歩むことが真の健康に繋がるのでは、と思うようになりました。

Q.最後に、今後の抱負などございましたら、教えていただけますか。

将来は日本でのヨガのエビデンスを蓄積し、ヨガを必要としている幅広い方にヨガをお届けできる社会を作るお手伝いができたらと思います。そのために、自分自身がヨガを探究することももちろんですが、エビデンスを蓄積するための学術的な知識・ノウハウを一から学んでいきたいと思っています。

また、代替療法においてもエビデンスがあり、国家資格がある療法(例えば「はり」や「きゅう」)では医療費控除の対象になっています。こちらは大きすぎる夢のように思いますが、ヨガにおいても将来は医療費控除の対象となるくらいまで、日本でのエビデンスが確立され一般的なセラピーとして受け入れられる社会、そして多くの人がその恩恵に預かれる社会が理想です。

尾賀さんがヨガジェネレーションで執筆中の「ヨガの効果を科学で検証」はこちらから読めます。

取材・文=ホーバン村松由美子