当協会は、米国でヨガセラピーを学び日本での普及に取り組んでいた私(代表理事 岡部朋子)が、新見正則先生(新見正則医院院長)に背中を押していただき、設立に至りました。その目的は日本におけるヨガセラピーの学びの場をつくることでした。

米国のカンファレンスでは多くの臨床研究成果が引き合いに出され、東洋のものであるヨガの効能について熱い議論が飛び交っていました。しかし、日本でヨガのエビデンスを引用し紹介しても、それならばと、ヨガを取り入れてくださる現場はほとんどありませんでした。遅ればせながらですが、京都大学の公衆衛生大学院で疫学を学ぶ機会に恵まれた今ではその理由がわかるようになりました。エビデンスに基づいた医療とは、根拠となる研究論文のみを頼りにするものではなく、臨床の状況や患者さんの希望などを総合して選択されていくものだと理解しています。エビデンスだけを振りかざして、ヨガは良いものですからどうか医療の現場でも活用してください、ということでは届くはずもないと思っています。

実際、ヨガをはじめとする補完代替療法領域の研究は、米国のNCCIHを中心に活発に行われています。しかし、科学の厳密性の前において、質の高いシステマティックレビューを見つけるのは非常に困難です。2022年、ヨガの介入研究の報告に関するガイドライン(CLARIFY)*1がようやく出版されました。しかし、研究が厳密になればなるほど内的妥当性は高まりますが、現場で行われている実際のヨガセラピーとの乖離は大きくなります。

ここで、譬え話でヨガセラピー(ヨガ)を説明させていただければと思います。日本でもCOVID-19流行による新しい生活様式の提唱により、ヨガがどんなものかをイメージできる人が急増したように思います。それでも緩呼吸が中心であることをご存知の方はまだ少なく、アクロバティックなポーズの練習に励むエクササイズだと思っている方も少なくないかと思います。実際には、あらゆる種類のヨガが存在します。インドや仏教にルーツを持つヨガですが、西洋でのブームを経てからは、本国インドでも海外の影響を受けながら新しいヨガが多々編み出されました*2。私個人の解釈で恐縮ですが、日本全国で食べられているカレーが、ヨガを説明するのに最も便利ではないかと考えています。カレーに含まれる配合された香辛料をインドでは「マサラ」と言いますが、ヨガのクラスはまさにマサラ、百花繚乱です。エクササイズを中心とした、発汗を狙いとしたパワーヨガもありますが、呼吸と休息を目的とした、全く汗をかかないヨガもあります。毎回同じポーズをとるクラスもあれば、生徒さんの体調に合わせ、プログラムが変化するヨガもあります。ゆっくりとした呼吸は心拍変動に影響を与えますし、2.5-3メッツの運動はしっかり実施すれば身体活動量の向上につながります。行われていないクラスもありますが、ヨガ実施の本質はマインドフルネスで、これは医療の現場でも期待され始めている心理療法の一つです。カレーに含まれる、ウコンや生姜、塩などが絶妙なバランスで、食べると元気になるカレーが作られています。

科学的にヨガのクラスに差異を見るのであれば、材料の条件を揃えて比べる必要があります。人によっては、究極のレシピと自分の行きつけを決めている人もいることでしょう。しかし、私たちが取り組んでいるヨガセラピーでは、食べる人一人一人の今日の体調と相談しながら、マサラの調合を決めていきます。介入ガイドラインに則り、プロトコルを固定することがむしろできないのです。それでも、各家庭それぞれの匙加減で供されるカレー同様、美味しく、安全である限りは、人をエンパワーできる要素をたくさん含んでいると考えています。

私たちヨガメディカル協会は、ヨガに関する特定の論文のみを頼りにその効果を発信することを慎み、むしろヨガセラピーを希望する一人一人に対し、安全で日常生活に取り入れやすいヨガの伝え方の基本を徹底的に学ぶ場を構築したいと考えています。

実際にヨガセラピーの現場では何が行われているかというと、受容を前提とした時間の共有です。身体や呼吸はそれを自覚してもらうための、手段に過ぎません。

医療者の方ですら、ご自身やご家族が病気になると冷静な判断ができなくなると伺いました。最善のエビデンスを知っているはずと思いながら、もっと効く何かがあるのではないか、と健康情報を検索し、あるいは何がいけなかったのかと犯人探しの手を休めることができなくなってしまったとお聞きしたことがあります。最終的には、本当に自分が大切と感じている価値観は何なのか、と徹底的に自身と向き合い答えを出される方が多いようです。

これはもちろん全ての人に当てはまるエピソードではないかもしれません。しかし、患者(Patient) という言葉が、「苦しみに耐える、我慢する」を表すラテン語のPatior (パティオール)の現在分詞の patiens (パティエンス)であり、治療に耐える姿というニュアンスを含んでいます。病気であるという事実を認めることだけでも十分耐えているはずなのに、治すためにさらに具体的に何かを頑張らなくてはならない、と思い、病気になった途端、大変忍耐強くなられている気がします。また、病気を意味するDisease もEase ではない状態、という言葉に紐づけられています。

医療は日々進歩し、医療従事者の方々が現場の最前線で患者さんを救っておられるかと思います。私たちヨガセラピストは、その患者さんに対しヨガセラピーによってEase (羽休め)の練習をしていただき、治療に臨む勇気を後押しできるような存在でありたいと思っています。そのためにも、具体的なテクニックやポーズによるセラピーを行うのではなく、安心して存在できる拠り所となり、そこからゆっくり呼吸を行ったり、無理のない身体活動の方法を一緒に模索することによる「できること探し」をしていきます。

ケアの原点が非暴力であり、傷つけないことだと思いますが、セラピーは「傷ついた人とともにいること」*3という解釈があります。私たちヨガセラピストは、病気や障害を負っていることが悪いことではなく、その状況から前を向くためにできることを一緒に探す「できること探しのエキスパート」でありたいと思っています。

文責:岡部朋子(日本ヨガメディカル協会代表理事)