マインドフルにヨガを行うことによって、身体への「気づき(awareness)」が増し、「内なる感覚」が磨かれて行きます。この内なる感覚はInteroception(日本語では「内受容感覚」)と呼ばれています。内受容感覚は身体内部の感覚、内臓感覚とも定義されています。

ポリヴェーガル理論(多重迷走神経理論)は、スティーヴン・ポージェス博士が提唱した自律神経に関する新たな理論ですが、まだご存じない方は、拙文「ポリヴェーガル理論とヨガ―心と体と呼吸」について読んでから、こちらを読み進めていただくことをお薦めいたします。

ときめきって何?

昨晩、アメリカでも大人気の片付けコンサルタントの近藤真理恵さん、通称こんまリさんのNetflixの番組を見ていて、彼女が大事にしているのが、正にこの内なる感覚(内受容感覚)だ!と気づきました。物を持った時にトキメクかトキメカナイか?トキメクならばキープ、ときめかなければ捨てる。このキュンッとトキメク感覚が内受容感覚です。

このトキメキは、英語ではSpark Joyと訳されていますが、こんまりさんが、番組の中で、アメリカ人夫婦にこの感覚を伝えるのに、ものを愛おしそうに抱きしめる仕草をしながら、日本語でキュンッと言うと、アメリカ人夫婦も”Oh~キュン!”と真似して、直球で伝わっていて、彼女の言葉の壁を越えて伝える能力に感心しましたが、内受容感覚は生理学的にも人間共通の感覚だからこそ伝わるんだなーと思いました。

さらに、こんまりさんが、片付けのプロセスの中で最後に手をつける物は、一番大切なセンチメンタル・アイテム。Sentimental Itemsとは、感情や思い出を呼び起こすものを指します。たとえば写真、旅行のお土産、親から譲り受けたものなどです。これらの整理を最後にする理由は、片付けをしている内に、トキメキ感度が磨かれ仕分けしやすくなるからだそうです。つまり、こんまりさんは、心臓のキュンッという身体内部感覚(内受容感覚)を意識的に感じて行く力を磨きながら、片付けをしようにと言っているわけですが、ポリヴェーガル理論の中でポージェス博士は「内受容感覚とは体の反応を意識的に感じることと言っても良い」と言っていますし、それは強化できるものとも言っていますので、こんまりメソッド、実にポリヴェーガル理論にかなっています。

ところで、内受容感覚(Interoception)は、キュンッというトキメキだけでなく、ドキドキ、ゾワッ、ゾクッ、イラッ、ムカッ、ワクワク、ソワソワなどや尿意や性欲や空腹感満腹感、ストレスで胃がギュッとなる感じや、顔からすっと血の気が引く感じとか、頭に血が上る感じ、筋肉の緊張や呼吸の深さ、心拍など様々な体の内側に起こる感覚も含みます。(それにしても、日本語には、内なる感覚を表す擬態語がたくさんあって素晴らしいなーと思います。)

内受容感覚は決断と行動の羅針盤

こんまりさんは、特定のキュンッという内受容感覚を片付けのための羅針盤(コンパス)として利用していますが、私たちは、前述したような、さまざまな内受容感覚を、生きて行く上での賢い決断と行動に導いてくれる羅針盤として使うことができます。つまり、なんだかわからないけれど背中がゾクっとする場所や人に近づかないとか、人生の選択に迷ったら、ワクワクする方を選ぶとか、ムカッとした瞬間の身体内部感覚に気づいて怒りを手放すとか、緊張に気づいたら深呼吸をしてみるとかです。

ただし時には、体内の感覚に敏感になり過ぎて反応し過ぎてしまい不安が増大するという悪循環に陥ることもあります。また過去にトラウマを経験した人は、神経系が非常に過敏になったり、鈍感になってしまっている場合もあります。過敏な人は、安全が脅かされていないにもかかわらず、脅威を感知して過剰反応してしまうかもしれません。一方、鈍感な人は、脅威の兆候があるにもかかわらず、それを無視して、リスクの高い人に関わってしまったり、危険が迫っているのに逃げ遅れたりするかもしれません。

自律神経をととのえる

内受容感覚(身体内部の感覚)は自律神経によって脳に伝えられます。特に、内臓につながっているのが迷走神経(迷走神経は、自律神経の内の副交感神経に属します)です。脳と自律神経と内受容感覚のつながりは、イメージとしては、たとえばスマホを内受容感覚、自律神経がWI-FIの電波、脳を電波を飛ばしている基地局と想像してみてください。

Wi-Fiの会社を選ぶ基準に一つとして、上りと下りの速度がありますよね。上りとは手元のディヴァイスからインターネット上に何かをアップロードする時の速度、下りは反対にディヴァイスにダウンロードする速度です(動画が途切れなく見られるのも、きちんとした速度があるからです)。

私たちの内受容感覚と脳も、自律神経を通して同じように上りと下りで情報をやりとりしています。ですので、この自律神経のコンディションによって、私たちの健康が大きく左右されるわけです。たとえば、ストレスフルな状態が続いて、自律神経の内の交感神経が休むことなくフル稼働し続けている内に、自律神経がバーンアウト(燃え尽き)状態になってしまい、体からの休めというメッセージが脳に伝わらなくなってしまって、ついには自律失調症になったり、最悪の場合、過労死という悲劇も起こりうるということです。

自律神経エクササイズ

ポージェス博士は呼吸とともに行うヨガは、自律神経系を強化することのできるエクササイズであると言っていますが、こんまりメソッドも正に、片付けを通してトキメキという内受容感覚を研ぎ澄まし自律神経をととのえていくエクササイズなのだと思います。

Netflixの番組では、まず最初に、片付けに参加する全員で目をつぶって片づける家に感謝する時間から始まります。この最初のステップで、瞑想やスピリチュアルな世界などとは、まったく無縁で精神的にもカオスの状態にいたアメリカ人の家族が、すーっと静かな世界へ導かれていきます。正に魔法にかけられたように。そして片付けが進み部屋が整っていくにつれて、家族の心も整っていきます。ごちゃごちゃで、足の踏み場もないカオスで危険な状態と言ってもいいような部屋たちが、整頓され安全で安心してくつろげる場所になっていくに従い、家族みんなが、自然に、その雰囲気を呼吸し、ととのった感覚を共有し始め、もつれていた家族の心も解きほぐされ結びなおされていきます。これぞ正に、ポリヴェーガル理論の社会交流系腹側迷走神経が活性化(賦活/アクティヴェート)された状態です。

ほっと安心してくつろげる環境において、人間関係もまた、お互いに安心を与え合うものになっていく。WIN-WINのフィードバックが起きて行く。こんまりメソッドが世界中で多くの人の共感をよんだ理由が、改めてわかりました。こんまりメソッドは魔法ではなく、ポリヴェーガル理論の説く自律神経理論にのっとったものだと理解しました。