Q.竹田先生ご自身が最初にヨガを始められたきっかけを教 えていただけますか?
私は子供の頃から水泳をしたり、大学時代からはサーフィンをしたりと体を動かすことが好きでした。
しかし仕事が忙しくなり、海に行く機会も減ってしまい、何か運動したいと思っていた頃、ある一冊の本と出会いました。サッカー日本代表、長友選手の著書です。(長友佑都『長友佑都ヨガ友、ココロとカラダを変える新感覚トレーニング』飛鳥新社・)2016年)
そこには『心と体は繋がっている』とあり、どうしてヨガの本にそのようなことが書かれているのか、私は不思議に思いました。
私はこれまでヨガは柔軟体操のようなものと認識しており、体の硬い自分には無縁のものだと思っていました。しかしヨガについて調べていくうちに、探求心にかられ、実際にヨガを体験してみることにしました。早速近所にあるヨガスクールを探し、個人レッスンの体験を申し込みました。
そこでの体験は今までの自分の価値観を大きく変化させました。今まで『他人に感謝する。』ことはあっても『自分自身に感謝する。』なんてことを考えたことこともなかったので、とても新鮮で、より一層ヨガを自分のものにしたいと考えるようになりました。
Q.ヨガを医療現場で取り入れてみたいと思われた理由を教えていただけますか?
今日医療は先人らの努力の結果、大きく発展し、これからもさらに進歩していくと考えます。その一方で、私はそれが人々の幸福に繋がっているのかと少し疑問に思うこともありました。
私は循環器内科医として、病院勤務時代には急性期病院で命を助ける仕事に従事していました。2011年3月に病院を退職して同年4月からは勤務医から開業医に転身となりましたが、そんな時に東日本大震災がおこりました。私は震災から一か月後の2011年4月11日から数日間、宮城県南三陸町の避難所に災害派遣医師として参加しました。被災地では避難所の方だけでなく、自宅に取り残されている方の元へ訪問するなど病院勤務では経験できなかった在宅医療も経験しました。
その時に感じた、命は救うことができても、魂を救うことができなかったという思い。どうしたらそんな魂に寄り添えるのかを今でも医療の現場で試行錯誤しています。
そんな私の中のモヤモヤをヨガ的なアプローチで補ってくれるのではないかと考えました。そして初めて私がヨガを体験した時に感じたことを患者さんにもお伝えできれば良いなと思い始めました。
Q.「命は救うことができても、魂を救うことができなかった。」という言葉、非常にずっしりと心に響きますが、もし差しさわりなければ、実際に強くそう感じられたケースがありましたら教えていただけますでしょうか。
勤務医時代の私は救急医療に携わっていたので、命を助けることが自分の使命であると思っていました。しかし被災地に行って命は救うことができたのに救われない魂があることに気付かされました。精神的なショックで食事が取れず、餓死しかねない状態の人でも点滴をすれば命は救うことができます。でもその方の笑顔は見ることができませんでした。何かを訴えるような眼がいまだに私を捉えています。
そして今、私は在宅医療で多くの患者さんを自宅で看取ってきました。一人一人の患者、そしてその家族らが納得できる人生の最後を迎えることができたのか、そのことに対して自分がどのように向き合えたのかを未だに自問自答しています。
Q.魂を救うために、ヨガができること、ヨガの可能性はどんなことだと思われますか。
人を救う。ましてや人の魂を救うと言いますが、私は神ではありません。あまりこういったことを言うと驕った人のようにみられてしまいそうですが、まずは自分のできることをやっていきたいと思っています。
サントーシャ(足るを知る)という教えがヨガスートラにはあります。私はこれまで多くの失敗も重ねてきました。しかし今はできるだけ背伸びをすることなく、仲間と共に、身の丈に合った活動をしていきたいと考えております。
しかし、そんななかでもヨガを全面に押し出すと拒否反応を示す方がいるのも現実です。特に医療現場では、そのような方々と向き合うことになります。それを意識した上で、患者さんに対してヨガ的なアプローチができるようになりたいと思っています。
ヨガのアーサナを高齢の患者さんに指導することは、私の技量ではまだ分不相応だと感じていますが、プラーナーヤーマ(呼吸法)やマインドフルネスのような働きかけが、少しでも魂の希望になってくれることを願い活動しています。
Q.実際に、先生のクリニックでヨガ教室をひらくことになった経緯を教えてください。
フレイル状態にある方にただリハビリだけを提供しても状態は進行していくといわれています。逆に社会的な活動をしている人、趣味などがある人はリハビリをしなくてもフレイル状態の進行は抑えられるとも言われています。
外来には色々な患者さんが来院されます。元気な患者さんはお幾つになられても活動的に社会参加をされています。その一方で、デーサービスなどに行くことが苦手で、自宅に一人で籠っている患者さんもいらっしゃいます。
クリニックに月一回やってきて私たちと話す以外に人と会話することがないという患者さんがいます。訪問リハビリなどの介入を行っても、フレイル状態が進行していく患者さんに、「私たちに何かできることはないだろうか?」という思いがあり、クリニックでヨガ教室を開催することを検討することになりました。
伝えたいこと:あるがまま
「大丈夫ですよ」と言われて、安心する患者さんがいる一方で「そんなはずはない、こんなにしんどいのに何か病気があるはず」と納得されない患者さんがいます。
その様な患者さんは、納得がいくまで多くの病院を受診されて様々な検査を受け、そして様々な薬を幾つもの病院から処方されることになります。それでもなお、不調を訴え続ける患者さんが少なからずいます。
WHOの定義する健康とは、「病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」と定義されています。
検査で異常がなく、薬を飲んでも不調を訴える患者さんは病気ではないのかもしれませんが、健康な状態とは言えません。WHOの定義に従えば、肉体的な、精神的な、または社会的な何かが満たされていない状態ということになります。
それでは、どのような状態になったら満たされたと言えるのでしょうか。誰かと自分を比べている限り、いつまでたっても満たされた状態となることは難しいでしょう。
森田療法によると「あるがまま」という考えがあります。ネガティブな状況も否定せずにあるがまま受け入れる。不安を排除せずにあるがまま認めるのです。そうすることで不安をコントロールする。ヨガにもサントーシャ(足るを知る)というような考え方があります。ヨガスートラによると「ヨガとは心の作用を止滅すること」と説明されています。
ヤマ、ニヤマ、アーサナ、プラーナーヤーマ、プラディヤハーラ、ダーラナ、ディヤーナ、サマーディというヨガ8枝則の実践により、心の平穏が保たれるとされています。
院内グループレッスン
〇難しかった点
開催したヨガクラスの規模は様々であり、すべてのクラスで参加者の年齢に制限を設けなかったため参加者の体力、柔軟性には大きな個人差がありました。
最高年齢の参加者は93歳の方で、参加者が安全にクラスを行えるようにシークエンスの構成やサポートスタッフの配置には注意を払いました。
しかしどうしても、元気な人中心にというよりは体力の弱っている人を中心に構成を考えたので元気な人には物足りない内容になってしまいました。
クラスではできるだけアーサナを完成させることを目的とせず、呼吸に意識が向けられるように声かけを行うよう心がけました。
当初、1ヵ月に一回のペースでの開催を目指しましたがそのペースで続けることは難しく、参加者の顔ぶれもクラスごとで変わったため、残念ながらヨガの効果を十分に感じるまでには至りませんでした。
例えば、できるだけ周りと比べることなく、自分自身に意識が向かうようにできたらと考えていましたが、お互いの面識があったこともあり
「こんなんできないわ」「あんた体やわらかいな」などクラス中に話をする人が多くいました。多くの人がヨガをストレッチのように認識されており、うまくヨガのエッセンスを伝えることが難しいと感じました。
〇患者さんの社会との接点として
しかし、ヨガクラスがクリニックで開催されたという事もあり、これまで社会とのつながりが薄かった方や、孤立していたような患者さんにも参加して頂く事ができました。このような参加者が最後に笑顔で帰宅される様子をみて今後もこのような取り組みを続けていけたらと思いました。
〇医療者と患者の関係から人と人の絆に
また、このような取り組みによりこれまでの医療者と患者という関係から、人と人というようなつながり(絆)ができたようにも感じました。ヨガクラスだけに限らず、このようなコミュニティーにより孤立した方々が社会と繋がれるきっかけになると考えました。
訪問診療時のヨガ的アプローチ
また、訪問診療時など患者さん個人に対してヨガ的なアプローチをすることも試みました。
多くの患者さんは病気だけでなく、自律神経の乱れによりフラツキやめまい、動悸など様々な訴えがみられます。このような患者さんにヨガの呼吸、アーサナなどの取り組みを実践してもらい自律神経の乱れを調整していくことができないかと考えました。
個人レッスンなので、患者さんの訴えをしっかりと傾聴し、臨機応変に対応することができたため、ヨガの効果も集団で行うより個人で行った方が伝わりやすかったと思います。
ある患者さんは、ヨガのアプローチにより呼吸、姿勢などの意識を高めることができました。また、日常生活のなかで自律神経を少しずつコントロールでき緊張状態からの開放ができつつあります。
しかし一方で、いろいろな患者さんがいて、医療現場で非科学的な事をしゃべることを躊躇する場面も多くありました。ヨガのスピリチュアルな面を宗教的と考える患者さんもいたため、患者さんによってはヨガをあまり強調しすぎないよう、そして押しつけにならないように注意しました。
事例1:2018年~2019年
対象:クリニック通院中の患者(年齢は問わない)
対象人数:15名前後。クリニックのスタッフ8人前後で患者さんのサポートを行った。
時間: 1時間
講師:私が講義を担当し、アーサナの組み立て誘導はヨガインストラクターに依頼。
内容:講義では心と体がつながっている。呼吸をコントロールすることで自律神経は働きかけるという話をした。ヨガマットを用いたが、座位が困難な方には椅子を用意した。アーサナは簡単なものを中心として行い、最後にはシャバーサナで終了した。
患者さんに個人的に参加の声かけを行ったが、「体が硬いので、ヨガなんて無理です」といった反応が多かった。自発的に参加を希望される方はごくわずかであり、経験者もいなかった。「体が硬くても大丈夫です、ヨガは呼吸が大事なのですよ」と声かけをしてもヨガをするという事は特に高齢者にはハードルが高いように感じられた。
自宅で籠っている方をヨガ教室に来てもらうのは困難であったが、「外来を受診したついでで良いので顔をだして下さい」と説明して何人か参加して頂いた。
参加者は30歳代から80歳代と年齢の幅が広かったが、高齢者が多かったため運動強度はかなり弱めに設定した。主治医や看護師など見慣れたスタッフがいたので、参加者は比較的リラックスされており和やかな雰囲気で教室が行われた。
参加者はヨガの初心者ばかりであったため、指示どおりに体を動かすことに精一杯で「呼吸に意識を向ける」「自分を見つめる」「人と比べない」などを伝えるまでには至らなかった。しかし、ゆったりとしたヨガの動きで参加者の運動不足は解消されたように思われた。また、ヨガ教室が地域のコミュニティーとしての役割を担えることも確認できた。
事例2: クリスマスイベント(2019・12・04)
対象:クリニック通院中の患者(年齢は問わない)
人数:34名。クリニックのスタッフ12人がサポートを担当
時間:2時間
司会進行:講師 私とヨガインストラクターの2人で行なった。
内容:色々な人の話や、歌を歌ったりするといったクリスマスイベントの中にヨガの要素を取り入れた。
「ヨガをしましょう」というと「ヨガなんてとても無理です」と拒否されることが多かったため、毎年開催していたクリスマスイベントの中でヨガをする時間を設けることにした。
クリスマスイベント参加人数は多かったため、ヨガマットは使用せずに参加者には椅子に座ってもらった。「ヨガをしましょう」という発信はせず、「体を動かしましょう」という呼びかけにした。毎年、イベントを開催していたこともあり多くの患者さんに参加いただく事ができた。
イベントの中では病気について、不安について、そして自律神経の話や呼吸の話などをした。話の合間には歌を唄ったり、ヨガのように体を動かす時間を設けた。内容は盛りだくさんであったが、2時間の時間をとっていたのでヨガ的なエッセンスを随所にちりばめて伝えることができた。
参加人数が多く、椅子に座った形式であったためチェアヨガのようなスタイルで行った。参加者の年齢や身体能力にも差があったため無理なくできるようなアーサナが中心となった。アーサナは続けて行わず、話をする時間などを設けて休憩できるよう工夫した。
取材にご協力いただいた竹田先生、大変ありがとうございました。